“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

東洋医学概論1(気の世界)

そこは、思わずセスジが凛となる、そんな肌寒い大学病院の一室だった。

私たち鍼灸学校の学生達は、献体してくださった方の身体を実際にみて学ぶという解剖の授業で、ここを訪れたのだ。

 

先生の説明を聞きながら、永眠された方のお身体をみせていただく。

3D画像やネットであらゆる情報が入ってくる今とは違う、30年ほど前の時代のことだ。

それゆえ初めて見る人体の内部は、教科書で学んだ2次元のものとは、かなり違っていた。

 

幾重にも皮や膜があって、

それらに守られるように、それぞれの臓器があって、

折り重なるように筋肉があって、

手足には白い腱がぎっしりあって、

そして心臓があって・・。

 

心臓を見た時、私は不思議な気持ちになった。

この方は、心臓が止まっているから亡くなっているのだろうか。

この心臓が鼓動をうちさえすれば、

大きな柱時計にある大小の歯車が、カチカチと噛み合って回りはじめるように、

人体は動きだし、生命の息吹をふき返すのだろうか。

 

この心臓を動かす力は、いったいどこから来るのだろう。

 

愛する人や家族に先立たれ、その亡骸(なきがら)を前に、

肉体はここにあるのにどうして動いてくれないのか

と思った方も多いのではないかと思う。

 

そしてなぜ私たちの心臓は、止まることなく動くのか。

電池もないのに。。。

充電することもなく。。。

この時感じた私の疑問は、とても素朴なものだったと思う。

 

 

「 気 ってあるのですか?」

「 気 って何ですか?」と、

今更ながら患者さん達から質問されることがある。

そんな時は、まずこの話をして、

どうしてバッテリーなしで私たちは動くのだろうかと言うことにしている。

 

答えになっていないであろう私の返答におつきあいいただく我が患者さん達よ。

皆様の長年にわたる忍耐力に感謝しつつ、

簡単には言いつくせない回答を、ここにお伝えしたいと思う。

 

その前に、なぜ簡単ではないのか。

それは、宇宙の始まりに遡る壮大極まりない中国思想や哲学を説明しなくてはならないからだ(素粒子とかユラギとか、ほとんど量子物理学の世界)。しかも「気」ってヤツは、その壮大さに比してあまりに何気なく、そこここにフルフルしているのに、目にはみえず、手でもつかめない。(だから無邪気に「気って何ですか?」と聞かれても、内容も難解の上、言葉での表現も難しいのです。)

 

さて本題。気はあるのか?という質問について

「ある」とか「ない」とかを科学的に証明できたところで(何であれ「ない」ことの証明はとても難しいと思いますが)、腑に落ちはしないと思う。  

そしてまた聞かれるかもしれない、「それって本当?」と。

つまり、気は説明してわかるとか、理解するとかいうものではなく、感じてナンボのものだと思うのだ。(あ、これまた禅問答のようで・・。「感じてナンボの気」については、いつか別の記事で!)

 

次に、気とは何か?という質問について

難しい中国の古典の数々(「老子」、「荘子」、「管子」、「論衡」、「素問」他古代の多書籍に記される東洋思想や哲学)を、とってもザックリ平たくすると、以下のとおり。(こんな風に自分が言うのは、スッゴク恐れ多いです。関係各位のご存命の皆様、あの世の皆様、ごめんなさい!でもザックリいっちゃいます!)

 

「気とは、宇宙のはじまりに空間全体に充満していた無形の極めて微細な物質であり、自然界のエネルギーである。波動や振動といったふるまいで、あらゆる事象にかかわり、その動きは止むことがない。空間的距離、過去から未来へと向かう直線的時間、そして物質の物理的障害ーこういった諸々の制約も受けず、集まったり(形や物質をつくる、生命となる)、散ったり(無形となる、生命を失う)、昇ったり、下がったりと変幻自在の動きをし、有形(あらゆる可視の生命体や物質)・無形(いわゆる「場」や感情、思考、想念など)の世界を満たし、万物との感応現象を生じせしめる。」

 

もっとザックリ言うと、

「物質を成り立たせている根源であるとともに、触媒の役割をし、天地万物をつなぎ、変化を起こさせるエネルギーである。」

 

おわかりいただけただろうか。

うう、怪しい!?と思うなかれ。

 

バイオリンの弦が響くのも

磁石が砂鉄をひきよせるのも

月の満ち欠けが満潮や引き潮をひきおこすのも

季節の変わり目に体調を崩しやすいのも

台風が発生すれば頭痛が起こるのも

鶏が明け方に鳴くのも

フクロウが夜行性なのも

本当はこう言いたいのにああ言ってしまうのも

わけもなく悲しみがとまらないのも

フェルメールの絵画に魅了されるのも
Slavaのアヴェ・マリアに泣けるほど心打たれるのも

ヒーリングや気功で遠隔治療ができるのも

風水によって運気が上がるも下がるも 

あの人に会えば、元気になるもグッタリ疲れるも

相性が良いも悪いも

言霊(ことだま)や数霊(かずたま)があるも

幾何学模様や図形に力があるも

偶然やシンクロニシティが起こるも

誰かや何かとご縁があるも

祈りによって奇跡がおこるも

ゼーーンブ、相互間で目に見えないエネルギーが媒介して、

感応しているから!

 

いつからか私は

自然現象を

自分と患者さん達の身体を

様々な病気を

人間関係を

日常のでき事を

世界のでき事を

そうなのだ!

気がつけば、私をとりまく世界のすべてを

気の視点から

みるようになっていた。

 

私にとって

気は、自分の人生観のよって立つ根拠。

つかみようもないものを根拠とする私は、アヤウイのか?

我が人生を賭けて、現在実験中なのである。

 

   

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カリブ海の島バルバドスの海岸にて撮影

 

 

 

部分なあなた (マリモ羊羹編)

マリモ羊羹をご存知だろうか。

北海道の阿寒湖に生息し、緑色の藻でできた天然記念物のマリモ。そのマリモを模した球状の羊羹で、楊枝でつつくと覆っている膜がはがれて、中身がツルンとあらわれる。

 

いとも簡単に外殻をぬぎすてるーその様は、多くの患者さん達が、病いの最中にあって大きく変化する時の現象に似ていると思う。

  

たとえば、前回の記事 ( 部分な私 その2「場の力」)に登場したジンマシンの彼女。

彼女は1年半飲み続けた薬を、ある日突然断った。

私には、このように何年もの間のみ続けた大量の薬(導眠剤、安定剤、抗不安剤、鎮痛剤など)をゴミ箱へ捨てて、いきなり断薬をした方達の症例が数件ある(そのように突然やめることを推奨しているわけではありません。決断は本人の意志であり、報告をうけてその都度、私がひどく驚きます)。

彼女(彼)らに共通している言葉は、

「もういいと思ったんです。」

「いらなくなりました。」

「どうせやめるので、捨てました。」

そうきっぱり言い放ち、それまで手放そうと試みて何度も何度も失敗してきた過去とは、全く別の、凛とした表情をきまって私に見せる。

 

まとっている皮膜を軽々とぬぎすてて歩き出し、回顧だにしない。

新次元へ飛び出す彼ら。

 

また別の症例においては、

閉所恐怖症のため飛行機での旅が大変辛い方がいた。

海外への所用も多く、もう20年以上も苦しみ続け、出発の直前でキャンセルなさることが何度もあった。

その彼女が先日こう言った。

「まだ恐怖がなくなったわけではないけれど、あの頃の本当に怖かった感覚を思い出そうとしても、どうしてもあの感じにはなれない。いつのまにか変わってしまった」と。

10年以上にわたり、私は彼女を診させていただいているのだが、

少しづつ、薄紙がはがれるように彼女の肉体は変わり続けた。

身体が弱かった時代からは考えられない程、今や相当に体力のある方になられたように思う。

そして精神的にもどんどん変化をとげたようにみえるのだ。

肉体かメンタルか、どちらが先に変化したのかはわからないし、知る必要もないと思う。

ただ確かなのは、ご自身が変化していく過程を見守るといった、ご自分にむけられたマナザシが、いつも彼女にはあったということだ。

そして小さな脱皮を繰り返し、気がつけばいつのまにか大きく変わっていた。

 

それはまるで、瓶(カメ)の中に水が溜まりはじめ、そしてカメの容量を超えて、水があふれだすかのように。

水が溢れ出した時にはじめて、満杯になったと気づくのだ。

おさまりきらなくなってしまったカメは、いきおい不要となる。

そうして、さらなる世界へと飛び出す彼女。

 

 

その一方で、

何度も禁煙に失敗している患者さん達がいる。

禁煙パッチを貼ってみても、

禁煙パイポを試してみても、

電子タバコを吸ってみても、

さらには相当の金額を払って禁煙外来へ通ってみても、

一旦はやめても、また同じように愛煙家となる(注:上記の手段によって禁煙なさった方もいらっしゃいます)。

彼らは病気があって、本当に禁煙したいと望んでいるにもかかわらずだ。

また嗜癖や依存には複雑な背景もある。

肉体的な中毒症状から脱せられたとしても、

たとえばどこかで自分を罰する必要を感じている人は、自分をおとしめる行為がなくてはならない。

やっぱり自分はダメ。

どうせできるわけがない。

こういった処にもどってちょっとホッとしたりもする。

(注:喫煙は個人の嗜好の問題であって病いではありません。嗜癖、依存、中毒といった見地から、身近な例としてとりあげてみました。)

(注:エネルギーレベルで喫煙をみた場合、ハートの感受性が強い人が愛煙家になりやすいとの説があります。喫煙をすることでハートチャクラをわざとつまらせて、ダイレクトに様々な感情を感じることから身を守っているケースです。)

 

 

また「病い」というものの一つの側面に、個人の存在や命をかけた表現であり、作品であるとする見方がある。

そう考えた時、治すとか、正すといった方向性だけが良いわけではないし、画一的に症状や中毒がなくなればよいというものでもない。

ただ、ある中毒的な症状から立ち直りたいと思っていて、

いろいろな手段を試みてもなお、効果があがらない時に、

必要なことは何なのだろうか。

 

 最初にあげたジンマシンの彼女は、その後の経過をこう語る。

 「薬をやめて、夜になるとジンマシンがでる時がたまにある。

痒みはあるけれど、

ああ、疲れているのだなぁと思って、

なるべく休むようにして、我慢していると、

次の日にはおさまってくる。

だからもう薬は要らない。

だって、薬をやめられないとあきらめていたけれど

本当は自分はやめたかったことに気がついたのだから」

 

私には、断薬できたかどうかという結果よりも、

彼女が自分に対して自信を持つことができたという事の方がはるかに大事だと思える。

病いの症状に対して、恐れすぎることなく、まっとうに身体をいたわり、いずれ治ると思えること。

自分の身体を信頼できるという経験をしたこと。

これこそが大事だと思うのだ。

 

もし今、中毒的な症状に苦しんでいる方がいたら、

(痩せたいのに食べちゃうとか、朝活をしたいのに夜更かしが止まらないとかも)

まずその行為だけに執着するのはやめて、

できない自分を責めることをやめてみてはどうかと提案したい。

その変わりに日常の中で、自分を裏切らない小さな選択をしてみる。

たとえば、

本当は行きたくない誘いなら、断ってみる。

3回に1回断るのでもいい。

自分の着たい洋服を着る。

ちょっと冒険であっても、着てみたい色に身を包む。

なんでもいいと言わずに、食べたいものを考え、味わって食べる。

そうやって今まで外に、他人に、そして回りに向けていたエネルギーを自分の内側にとり戻す。

 

これは自我を肥大させることとは違う。

自分は何を本当に望んでいるのか?

と自己の内奥に問い続けながら、

自分の深淵に錨をおろす。

 

自分自身にエネルギーを充填させていったなら、

いつしか自己の器は大きくなり、

あきらめは自信に

逃避が発見に変わる。

 

いつの日か、

あなたもマリモ羊羹のように、

軽々と外殻を脱ぎすてるだろう。

そしてその時、

気になっていた症状に囚われない新しい自分が現れるに違いない。

 

<後記>

私がエネルギーワークを習った学校の校長であるバーバラ・ブレナンは、授業でこう言いました。

「The healing comes automatically.(癒しは自動的にやってくる)」

えっ? automatically??

さらに、「あなたは、何も努力する必要はない。ただ自己の内面をみつめなさい。あなたが霊的に進化していくにつれ、起こるべき癒しは自然にやってくる・・・」といった内容だったように記憶しています。

私は、このフレーズに衝撃を受けました。

努力しなくていいんだ・・。

それまで、さんざん努力?してきた自分にとって、この内容は本当なの??ですか?

本当だったら、もっとはやく教えてくださいよ!とも思いましたね。

 

そして、この視点から見てみると、

自分の臨床での患者さん達の変化が、よくわかりはじめたのです。

 

自己の内面が変わり、

結果として、

表れていた症状が自動的に消失する。

 

人が癒えていく道筋は、いっぱいあると思いますが、

病いというものの意味を考える時、

このように自己の内面の変化に従って、

癒えていくもののような気がします。

 

そしてまた

内面に目を向けるといっても

 

何か方程式やメソッドがあるといったものでもないと思います。

頭の理解による分析や判断でもなく、

無意識の領域にもかかわることなので、

やはり道なき道を歩むことに違いありません。

 

私も

自分をも含み、

人が変化する様を見守りつつも、

その流れがどこから来たのか、

問い続けていきたいと思っています。

 

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アフリカ大陸ウォルビスベイ(ナミビア)のムーンランドスケープというエリア(「猿の惑星」の撮影地)にて撮影

(なお、この文中に登場する主な患者さん達の承諾を得て掲載)
 

部分な私 その2(場の力)

バブル時代に建てられ、裏ぶれてしまったビルの最上階。

その片隅に私の小さな治療所がある。

手抜きして建てられたと言われたら、「やっぱりね!」と思うようなビルだ。

剥がれ落ちそうな壁紙のエレベータが日本製だと知った時は、私がとても驚いた。

その上たてつけの悪いヤスブシン感満載の部屋。

治療用ベッドは2つ。

 

そんな治療所が私の仕事場だ。

ここで毎日、様々なことが起こる。

 

先日も、こんなことがあった。

 

10年以上の長きにわたるおつきあいの患者さんが来所。

10年以上といっても数年のブランクが何度かあり、何か節目を彼女が迎える度に治療が再開するといった感じだ。

その彼女が、うつ伏せでハリを背中におかれた状態で私に聞いた。

「夜になるとジンマシンが身体中に出て、痒くて痒くて仕方ない。ステロイドの飲み薬を飲んでいて、その時は治まるけどちっとも良くなっていく感じがしない。もうこれで1年半も飲み続けている。どうしたらいいの?」。

今までも彼女に断薬を勧めて成功した経験があった私は、言った。

ステロイド、やめてみる気ある?」。

すかさず答える彼女。

「無理。無理。絶対に無理!!子育てでやる事が山積みで、自分が痒いと何もできない。だからゼッターーーーイ!!!無理!!」。

「そうか・・」というのがやっとの私。

あまりに激しい拒絶を前に、私の質問は粉砕された。

 

そうこうしているうちに次の患者さんが現れ、隣のベッドへ通す。

するとその方は、開口一番こう言った。

「私、先日教えていただいたやり方で、だんだんにステロイドの薬をやめていったんです。そしたら3日間くらいモーレツに痒かったけど、我慢して乗り切ったら、ほら!今、こんなに綺麗になりました。頑張って薬をやめて本当に良かった」と。

そういえば、彼女も皮膚疾患でステロイド薬を使っていたのだった。

隣の彼女に聞こえただろうか?と一瞬頭をかすめたものの、その件には触れずにその日は終了。

 

2週間後にやってきた、ジンマシンの彼女は言った。

ステロイドを止めて3日間くらいモーレツに痒みを我慢して、すっかり治りました!」と。

「えー!!いきなりやめた???3日の我慢ですっかり治った???」と驚く私。

「はい。先日カーテンの向こうからステロイドを止めて治った話が聞こえたので・・」。

 

あんなに拒絶したのに・・と、私は困惑しながらも可笑しくてたまらなくなった。

いきなり薬を断つという暴挙!

しかも、そっくり同じ行程で治癒したという怪しい話。

危険だったけど一件落着したなら、まぁいいかと笑えてきた。

 

それにしても。。

つくづく不思議だと思う。

かなりの人達の断薬を見守ってきた私の提案は拒絶され、

誰だかわからぬ他人の話で、決心させられるとは。

 

カーテン越しに聞こえる声。

切り口が違うと受け取れる言葉。

 

何より同種の病気を持つ2人が隣りあう偶然。

意図したわけでもないのに、タイムリーだった会話。

 

私と一対一では起こりえないことが、はじまりだす。

 

こんなことが、たまに起こるのだ。

 

私のあずかり知らぬところで、

治癒へと導く扉が開く。

 

そしてこれが「場の力」なのだと思う。

私の治療所の場の力。

 

ここへ集う患者さんたち。

贈られてきたステキな絵画たち。

めっぽう伸び放題の植物たち。

南と西の2面の窓から見える空。

優しく満たしてくれる、清々しい朝日。

部屋をオレンジに染め上げる夕陽。

 

怒り、悲しみ、落胆、憂鬱、倦怠、そして痛み。

喜び、楽しみ、驚き、慈しみ。

涙、鼻水、ヨダレ。。

 

ここを構成するものすべてが、

この場を作ってくれる。

流れるべきものは流れ、とどまるべきものはとどまりながら。

 

すべてまるごと

治療のために。

 

そして私までもが癒されていく。

 

主宰者であり、治療する側であるはずの自分も、ひとつの構成要素。

またしても部分な私。

 

私にできることは、

ここにいること。

いつづけること。

(あ、もちろん治療への情熱の炎は燃やしながらね!)

 

ただそれだけのこと。

 

そして今日もまた

患者さん達が

古びたエレベーターにコトコト揺られながら、

小さな治療所のドアをたたいてくれる。

 

 

<後記>

後日この患者さんは、こう言ってました。

「本当は私、薬をやめたかったんだって、やめてみて気がついたんです。実はすごくすごくやめたかった・・」と。

自分の本心って、通りすぎてはじめて確認できることもあるのだと思います。特に病気に関しては不安がつきものだから、防衛も強く、あきらめも大きい。だから乗り越えられてはじめて、自分の願いに気づくことも多いかと。

 

今回の流れも、根底に彼女の潜在的な願いがあってこそ。

その願いを浮き彫りにする形に、場の力学が働いたように思えます。

 

誰の意図も介さず、自ずと起こるべきことが起こる。

私の治療所がますますこんな場となりますように!

 

 

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治療所にて撮影

(なおこの記事は、やみくもに断薬を勧めることを意図したものでもありません。また文中に登場する患者さん達の了承を得て掲載。)

部分な私 その1(ちっぽけ編)

あれは、カウンセリングの帰り道でのでき事だった。

その当時の私は、エネルギーワークを学ぶ学校に通っていて、そこの規定もあり月に2回はカウンセリングに通っていた。

その帰り道を歩く私に、ふいに襲ってきた強烈な感覚。

「私は、自分をはみだすことできない」。

 

家族や友人、異性や上司といった様々な人間関係で悩んだり、怒ったり、悲しんだりする度に、いつも同じところにたどりつく。

 

なぜ、父(母)はあんな事を言ったのか。

傷つかないフリをして、どれほど自分を守ってきたのか。

そしてどれだけ自分で世界を歪めてきたのか。

 

なぜ彼(彼女)は、そんな事をするのか。

なぜそのように私は感じるのか、思うのか。

どうして私は、そこに反応するのか。

そして世界は、なぜこんな風にしか進んでいかないのか。

 

あげく、突然私に舞い降りた言葉。

「あなたは何をどうやっても自分をはみだすことができない」と。

 

もし私が自分をはみだして、すっぽり別の人の身体の中に入り、

彼(彼女)の感覚器(目、鼻、耳、口、皮膚、頭など)を使って世界をみてみたら、

その世界はピタリと整合性がとれているのだろう。

 

そしてそこには、私が見たことも感じたこともないような、

自分がみているのとは全く異なる世界がひろがっているに違いない。

たぶん見ている色さえ違う。

聞こえる音すら変わる。

きっと世界は全然違う。

 

そう、私は自分の世界しか感じることができない、限られた「部分」なのだ。

 

 

東洋医学には、部分から全体をとらえる見方がある。

足裏には身体のすべてが集約されている。

耳は胎児が母体にいる時の形をしていて、身体のあらゆる器官に対応している。

舌の部位や状態によって、内臓の状況が読みとれる。

目や爪を観察すれば、肝臓のありようが見える。

お腹の特定の部位は、各臓器を映しだす。

脈をとってみると、五臓六腑の状況がわかる。

人体は小宇宙であり、宇宙と一体である。。など、など。

 

部分は全体の縮図となり、時に層となる。

全体は部分に凝縮される。さらに部分へ、部分へと層をなす。

まるでマトリューシュカ人形のように。

 

<例:たとえば、人間の身体を役割別に3つに分けてみます。頭・躯体・四肢に分類できるかと。さらに頭部を3つ(額・目鼻・顎)に、躯体も3つ(中医においては、[上焦]じょうしょうといい「心と肺」・[中焦]ちゅうしょうといい「脾と胃」・[下焦]げしょうといい「腎・膀胱・大腸・小腸」)に分けられます。下肢(脚)も大腿・下腿・足と3つに分類できます。手はそれ自体で身体全体の縮図となっていますが、上肢(腕)全体に視点を移して3つに分類すると上腕・前腕・手となり、手はひとつの部分にすぎません。つまり特定の部位は、視点を変えることにより、全体をしめす縮図にも、より大きな部位における部分にもなるのです。>

  

<注:西洋医学東洋医学の比較において、西洋医学は分析的であるのに対し、東洋医学は全体的であるといいます。西洋医学においては、病因を細部(細胞や遺伝子など)に求めて分析し、画像や数値といったデータに変換します。一方東洋医学では、身体全体の流れとして病因をとらえ、全体から部分(患部)をみます。さらに、上記のような部分から全体をみるといったベクトルもあり、この双極を重ねてみるのが東洋医学の特徴といえるでしょう。東洋医学が全体的であるという意味は、この2つの方向性を同時にあわせもっていて、層をなす身体に視点を変えてむきあうという意味です。ぼんやりボヤボヤ大雑把というわけではありません。>

 

部分と全体の相関性に疑いはない。 

しかし、部分には限界がある。

 

部分は全体を把握できない。

 

はみだす術のない私は、私をとりまく世界のすべてをみることはできない。

自分の背中を見ることができないように。

自分自身とは、鏡をとおしてしか対面できないように。

占い師が自分の未来だけは占えないように。

 

どれほど自我をクリアにできたとしても、俯瞰(ふかん)という視座に終わりはない。

 

そして私の細胞が、組織が、耳が、足裏が、臓器が、

私の身体の部分のように、

それらの総体としての私という個人もまた、

まぎれもなく、この世界のとるに足らない大きさの、

それでも確固たる一部分に違いない。

 

窓辺におかれた植物が、

こぞって太陽の光の方向に枝を伸ばし葉を広げるように、

それぞれが自分の信じる光の方へと伸びている。

 

その個々人の力のすべてを内包して、

総体としての全体はどこかに向かうのだ。

家庭が、会社が、社会が、そして世界がどこかへと。

 

人間の未知である能力が次々と開発されて、より万能感を感じる未来がくるのかもしれない。

そのことに期待もする一方で、

自分は全体を理解できないのだと思いしる時、

万能感は影をひそめ、ちっぽけな自分に安堵する。 

 

「自分をはみ出すことできない」と、強烈な示唆を受けた時から、

私はちょっと楽になった。自分の失敗を責め続けることが少し減った。

 

だって、私は部分だもの。

あれ以上はできなかったのよ。

 

そして自分を責めることが少し減ったら、他人を責めることも少し減った。

 

だって、彼(彼女)も部分だもの。

しかも私とは違う部分だもの。

きっとすべては総和で動いていくんだから、それでいいじゃない。

 

人間関係でへこんだ時は、自分は部分にすぎないのだと思いだしたい。

ジャッジ(誰かを裁いたり、正誤をつけること)をしないとか、

多様性を認めるとか、

本当の意味で、

自分にはどうにも超えることができないと思っていた壁が低くなるような、

そんな小気味よさがある。

 

 

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クロアチア、ドゥブロヴ二クの道端にて撮影

 

恩寵 その1(モーレア島編)

太平洋に浮かぶ島、タヒチ。そこから30分ほどフェリーに乗ると、モーレア島という島に着く。当時私は、95日間世界一周の船(ピースボート)に乗り、治療クルーとして働いていた。

 

船で不調な方を治療するのが仕事なのだが、たぶん私が誰よりも船酔いをしていて、いつもフラフラしていた。ずっと船で揺れているせいで、寄港地について陸地を歩いても、今度は陸酔い(オカヨイ。揺れていないのに揺れている感じ)に見舞われる。この際だ!と思って、それほど好きでもないお酒も飲んでみて、酔いの2乗でシラフにならないかと何度も試しているうちに、世界のビールやカクテルの種類をいつのまにか覚えてしまった。そして更にフラフラしていた。

 

こうしてフラフラの私は、ただただ揺れない大地での睡眠を夢見て、誘われるままに、このモーレア島にたどり着いたのだ。

 

島に着くと、仲間の外国語の先生達(欧米人)7、8名が、コンガやジャンベをはじめ、なにやら身体で抱えるほどの大きな太鼓を持って、ジリジリと音が聞こえそうな炎天下の中を鼻歌まじりに歩いていった。ひどく暑そうだった。

 

そんな彼らを眺めつつ、私はリュックひとつを軽々と背負い、木陰のバス停で涼しげにバスを待つ。しかしバスは全く来ない。40分待っても。誰かに聞きたくても人もいない。私達が予約したコテージはどこなのかと思い、住所が書かれた小さな紙のきれはしを探した。そこには、通り過ぎていった先生達の誰かが書いてくれたアルファベットの住所らしき文字が書かれていた。しかし。。その文字は全く解読不能だったのだ!

 

このままバスも来ず、日が暮れたらどうするのだ?異国の地での不安は、一気に膨れあがり底なしとなる。祈るような気持ちで待っていると、やっとバスが来た。なんでも島を1周するという。拉致のあかないこの場所を離れるために、とにかくバスに乗り込んだ。

 

バスの窓から汗だくで太鼓を抱えつつも、楽しげに歩く欧米人の先生達の、かげろうに揺れる後ろ姿を見つけた時は、心底ホッとした。そこでバスを降ろしてもらい、彼らの後を歩くことにした。

 

やっとたどり着いたそのコテージは、コンクリートでできた8畳1間位の質素な平屋だった。回りに商店はほとんど見あたらず、たった一軒ある小さな店は閉まっていた。道には裸電球が2個ぶら下がっていたが、ひとつは割れており、もうひとつだけが心もとなげにうっすら灯っていた。まだ夜の6時というのに、あたりはほとんど真っ暗だった。

 

何もすることがない。

うす暗い部屋の中でリュックをおろしながら、私はそう思った。一緒に部屋をシェアする友人達も「もう寝るしかないね」と言った。

 

横になっても時間が早すぎて、オナカもすいていて、全然眠れない。

 

それでもジッと辛抱していたら、どこかから太鼓の音が聞こえはじめた。

ひとつのリズムに更なるリズムが加わって、次々に響きわたる様々な音。

そのリズムに更に加わる声。

 

彼らだ。

私達は飛び起きて、野外へくり出した。

真っ暗で足下すらもまったく見えない。

少しずつ、少しずつ、手探り足探りで、音だけをたよりに歩いた。

10メートル位歩いただろうか。平地はとぎれ、どうやら段差がある。その段差の淵に腰をかけて、おそるおそる足をのばす。そっと地面についた足裏からは、暖かくサラサラとした砂の感触が伝わってきた。

そこは砂浜だった。

真っ暗ではあったが、海の匂いと優しい水の音がした。

そして少し遠くの砂浜に、小さな炎を灯しながら太鼓を叩き、歌いながら踊る彼らがいた。

 

私は砂浜に大の字に身体を横たえ、目を閉じて太鼓のリズムと声を聞いていた。

真っ暗な中に響き渡る音、歓声や拍手。

闇の中で聞く音は、音の持つ迫力をさらに際立たせる。

身体の細胞のすみずみにまで届く響き。

 

彼らはこのために、わざわざ重い太鼓を運んでいたのだ。

楽しむために惜しみなく注がれるエネルギー。

ただ楽しむためだけに。

私はといえば、楽な方ばかりを選ぶクセがついていて、喜びが少ないことにもマヒしていた。

太鼓の音は、私にすっかり忘れてしまっていた感覚を思いおこさせた。

そして、とめどなく湧きあがる感情。

 

どの位たったのだろうかと我にかえって、目をあけてみる。 

そこにあったのは、深い闇夜の天空。

その天空をバックに無尽の星たちが大小の光を放つ。

そしてどんどん見える星の数が増え続ける。

真っ暗だと思っていたことが不思議に思えてきた。 

こんなにも明るい空だったとは。

ちりばめられた無数の星が、毛布のように私を包んでくれる感じがした。

ベルベットの生地のような、奥行きのある深いブラックの優しさ。

その深い闇が際立たせる光の世界。

 

それは、

闇と光が織りなす、

この世をあまねく包み込む、

途方もなく壮大な大伽藍だった。

 

そう感じた時、すべてが振動し、回りはじめた。 

私の身体の細胞が。

あふれでる感情も。

そして大伽藍の天空までもが泰然と回る。

 

回りながら堕ちていく自分。 

死とは、こんな感じ。

深い安心の中で、大いなる世界へと還っていく。

 

私を含むすべての世界が回りはじめるのと同時に、

直線的時間はとまった。

 

大伽藍は、時(トキ)すらもその中に折り込んでしまい、今(イマ)だけを生む。

 

同じ空間でありながら、昼間とは全く違う世界に私はいた。 

こんな近くに、これほどの世界がある感動に酔いつづけた。

  

夜明けとともに、

太陽がのぼりはじめる。

目を閉じていても光を感じる。

身体の細胞も明るさを感じる。

 

そして目をあけてみると、

そこは楽園だった。 

 

f:id:garaando:20170517234606j:plain早朝のモーレア島にて撮影

 

<後記>

この後、気がついてみると私の身体の不調(腰痛、腕の痛み、フラツキなど)は、すっかり治っていました。

生まれ変わったかのような身体と心。

 

これまで何か病気になると、自分の中の自然治癒力を発揮しようと思ってきたのです。しかし。。

自分の中にある何かをなんとか頑張って発動させるよりも、自分自身が大自然の部分(パーツ)になってみる。

すると大いなる源の力(ソース)が自分に流れはじめる。

このことを、この体験で実感しました。

 

癒える(be healed)の heal の語源は、ギリシャ語のholos(whole)に由来しているといいます。

つまり、癒えるとは全体になること。

そして持論ですが、その時の鍵は、感情(ハート)を開くことにあるのだと思っています(この事については、またいつか)。

 

大いなるものの慈愛の中に、

置き去りにした感情を感じながら、

時を忘れるほどに、

浸ってみる。

 

こんな体験を時々できたなら、

私は、

そして私をとりまく世界は、

もっと優しくなれるに違いありません。

 

バイオエナジェティクス(隣人編)

でっぷりと太った、それほど背が高くないその男性は、手に持った飛行機の座席番号の紙と機内の表示とを確かめつつ、ゆっくりと進んできた。

 

なんとなくの予感は的中した。

彼は私の前で立ちどまり、小声で「すみません」と言ったのだ。通路側に座っていた私は、たちあがって隣の席に彼を通す。窓際には小太りの男性がすでに座っており、真ん中のシートに彼。そして通路側に私だ。

 

よりによって真ん中とは・・。座るやいなや彼は、前席の背もたれについているテーブルをセットして、厚さゆうに7、8㎝はある分厚い本を開いて置き、そこに両手のひらを乗せている。どうやら本を読んではいない。

 

私は、彼のこの行動に面白さを感じた。彼の腕が隣人の領域にはみ出さないためにとっている策に思えたからだ。実際この行動により私のスペースへの侵入は、ギリギリのところで食い止められている。

 

離陸が近くなると、乗務員からテーブルを戻せとの注意がはいる。腕の置き場がなくなった彼は、腕を組んで(といっても腕が太くて組めない模様。右手の平で左の肘を、左手の平で右の肘をグッと持って)対処した。

 

飛行機が離陸し安定飛行に入るやいなや、彼はまたテーブルをセットし分厚い本を広げ両手を本の上にのせた。彼の両肩はアゴのあたりまであがっており、肩関節は内側にはいって肘は伸びている。腕全体に力が入っていて固まっているように感じられた。

 

さて私はというと、一連の彼の行動が気になって気楽な時間を楽しめない。せっかく一人での移動を楽しみにしていたはずが・・。

誰に気を使うこともなく、音楽を聞くも、本を読むも、景色を見るも、眠るのも良し!そうやって無為にすごしたり、ボンヤリできる気ままな一人旅が好きなのに。

 

小学校の頃、学校から帰った私は、歩いて5分位の所にある公園へ毎日のように行った。

鉄棒にカーディガンを巻いて、片膝を鉄棒にかけ、その膝を抱えるように両腕を鉄棒にくぐらせ、膝小僧の所で左右の指を組み、そこを支点にして身体全体で回転する。さらには両膝を抱えこんで回る。

とにかく回った。

まるで永久運動がこの世にあるのかどうかを確かめるかのように。

100回、200回、・・500回・・と。

 

薄れゆく意識の中でボンヤリするのが好きだった。

世界と自分が一体になる感じがした。

欲しい洋服といえば、鉄棒に巻ける厚手のもの。

 

膝裏と両肘の内側にできる内出血の大小の赤い点々が、自分の勲章のように誇らしく思っていたあの頃の話だ。

そして私は小学校高学年で心臓肥大となり、何度も病院へいくことになったのだった。

 

そうだ。

あの頃から、自分が置かれている現実から遠ざかり、ボンヤリと無為に過ごす時間が私には必要だったのだと、飛行機の狭い座席の中でハタと気がついた。

 

さて問題は今だ。

この逃れられない状況の中でどうしたらのいいのだろうか。

「置かれた場所で咲きなさい」ー書店でみかけただけの本のタイトルがふと浮かび(中身を読まなくても全てを読んだ気持ちになれるこの本は、スゴイと思います。読まずにいうのも何ですが・・)、どうせなら現在の私の状況を楽しく調べてみようと心を決めた。

 

私が気楽に楽しめない理由はこうだ。

私のスペースは目に見えては保たれているものの、明らかに彼のエネルギーフィールド(オーラ、あるいは彼をとりまく「気」)が私のそれとかぶさっており、しかも窓際の彼も小太りなので、自分の右側が彼らのエネルギーで、ひどく押されている。

自分の中心軸をみてみると、正中線からはっきりと左にずれていて、身体右半分の流れが悪く、すっかり固まってしまっているのだ。

乗馬をする人や道具を使うスポーツ選手とか、楽器を演奏する音楽家達は、その目的にあわせて、自分を含む全体としての中心軸を作りなおすという。

私もちょっと試してみようかと思ったが、見ずしらずの隣人を含めて自分の軸をとるのは、あまりに変だ!いい加減にしなさい、自分!とカツも飛ぶ。

 

たぶん隣の彼は充分に気をつかってくれている。しかし気をつかわれればつかわれるほど、そのエネルギーは伝播して私も固まる。

そうなのだ。「気」は天地万物の感応を媒介するという性質があるのだから、否が応でも伝染してしまう。

 

そしてそのうちに彼は寝た。肩をあげたまま、腕を硬直させたままで・・。

 

少しホッとした私は、この心優しき隣人を、バイオエナジェティクスという方法論(ウィリアム・ライヒの流れをくむアレキサンダー・ローエンが確立した心身相関のセラピーの手法)を使って、観察してみた(本当に余計なことです。名も知らぬ彼よ、お許しください)。

 

バイオエナジェティクスによると、彼はマゾキスト(俗にいわれる「マゾ」とは意味が異なり、性格構造を示す5つの分類のうちのひとつの呼び名)という型に分類される。

 

せっかく?なので、説明を少し。

 

マゾキストの身体的特徴は、背は比較的低く、分厚い筋肉で覆われた、でっぷりした身体だ。

 

生命エネルギーは、充分に充電されているものの、抑制がきつく発散や解放ができずに停滞し内向している。

 

身体の動きも制限され、自分を広げたり、伸ばすことが難しく、手を差しのべるといった行動もスムーズにできない。そのため、より一層身体がしまって短小・硬直化に向かう。

 

またエネルギー的な防衛として、さらに身体に肉をつけて自己を守る。

 

心理的には、厳しい抑制のため自己主張が制限される。その代わりに泣き言や不平が多く、攻撃性は奥へ奥へと追いやられる。時に暴力的、爆発的な攻撃性をもつこともある。

 

原因としては、支配的で犠牲的な母親と受動的で服従的な父親の家庭で育つとされる。

 

子供は窒息し、自由な表現が許されない。

 

このタイプが統合されるには、抑圧された感情の解放が必要。

(参照:「バイオエナジェティクス」 アレキサンダー・ローエン著)

 

ざっくりマゾキストの身体的特徴からエネルギーの使い方などをひも解くと、こんな感じだ。

 

もし彼が私にそれほど気遣うことなく、私のスペースへとはみ出るほどに肩を落として、腕を緩めることができたなら、きっと彼はもっと生きやすいに違いない。

彼の優しさに感謝しつつも、そう思ってしまった。

 

そしていつしか私も眠りに落ちた。

 

やっと飛行機は目的地に到着。私は立ち上がり、頭上に納めたキャリーケースをおろそうとすると、件(くだん)の彼が手をのばし、床におろしてくれた。手はのびる。

 

彼はきっと統合されたマゾキストタイプの、心優しき人に違いない。

 

キャリーケースを引きながら、早足で出口へ向かう。

 

結局、昔を回想しながら、ボンヤリすごすことができたのだと思った。

 

やはり、ひとり旅は悪くない。

 

アーキタイプとして観察させていただいた隣人に感謝をこめて)

 

注:バイオエナジェティクスによる性格構造の分類は、分析して判断するためのものではなく、身体と心の関係を知り、よりよい統合の手段をみつけるためのメソッドである。

 

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キューバハバナのパン屋さんにて撮影)

 

 

記憶(酵素編)

巷で話題の酵素作りに、昨年からどっぷりとハマってしまった。何十種類もの果物や野菜、ハーブを白砂糖につけこみ、朝晩2回、自分の手でソッと混ぜる。私オリジナルの常在菌を含み、柔らかく湿った砂糖漬けの果物と野菜たちは、ほどよい温度で発酵しはじめ、3日〜1週間くらいでポツポツと小さな泡を放つ。上白糖は、そのツンとくる尖った甘さからまろやかな味へと変わりつづけ、ついにはトロミのある濃厚な液体となる。

 

砂糖が溶けてできた液体の中に浮かぶ、3センチ角の大きさの青パパイヤとパイナップル、リンゴやオレンジ、パプリカや薬効あるハーブ、キャベツやカボチャといった色鮮やかな個体たち。そこからは息をしているかのように大小の泡がいっぱい放たれている。この個体と液体とがまざりあった全てを網やザルで濾して、はれて液体のみの上質酵素が産声をあげるのだ。

 

この濾過する作業は、真夜中に、しめやかに、儀式めいて行われることが多い。無心になれるからだ(こういうの、私の趣味です。仰々しくてごめんなさい)。先日も、この作業をしていてふと思った。

 

はたしてこの濾過する網は、何と何を分けているのか。

果物・野菜などの個体と酵素となるべき液体、どっちが本体なのだろう。

さらに、ぬか床にも想像がおよぶ。ぬか床とぬか漬け、どっちが大事なの?

 

さて、私は仕事柄、患者さんの人生の総括や断片を聞かせていただく貴重な機会に恵まれている。

恋愛や結婚、出産、そして仕事の成功などの喜びあふれる思い出。また離婚や別離、事故、仕事の失敗や借金、そして愛する者の病気や死といった悲しく、辛い出来事。

子育てが終わった時、退職された時、病気になった時、そして死が近づく時など、「私の人生は何だったのか?」とつぶやく方も少なくない。たとえそれが、他人の目には順風満帆で恵まれた人生のように映っていたとしても。

こうして振り返りつつ、大きな節目での出来事で語られる過去。

  

もしこれを文字で綴ったのならば、たったの2、3行で書きつくされてしまうかもしれない。それぞれの方の生の重さに比して、あまりに簡単すぎるような割り切れなさが、時々私に残る。

 

印象的な出来事で語られる過去。

過去の鮮明な記憶。

 

これに対して、記憶には残らない、それ以外の無尽にあるであろう日常の小さな小さな出来事は、いったいどこにいってしまったのだろう。

 

時間枠にとらわれない、ささいで、とるにたらない事象。

時間枠をすりぬけてしまった、記憶にすらのぼらない、忘却の彼方へと流れでた膨大な事柄たち。

 

酵素を濾過させる網は、人の記憶と忘却の境目なのかもしれない。

記憶とは、この網の上に残った果物や野菜たち。

時間という網の上に引っかかってしまった出来事たち。

未だに記憶という制限に囚われて、時間枠から自由になれない様々な事柄。

 

人生の本体は、実は記憶ではない、この忘却の彼方の方にある。

 

忘却の彼方・・・。

たぶんそれは、

朝露に濡れた草が、朝日を浴びて一層の輝きをます、眩いばかりの緑色だったり。

激しく降り続ける雨が、屋根からつたって地面を叩きつける音だったり。

真冬の晴れた朝に吐く息が白くなる、そんなピリリとした寒さだったり。

異国の大聖堂の中で味わう、自分がひろがるような空気感だったり。

 

あるいは、

通りすぎていった幾千、幾万もの風景。

もわっと拡がった排ガスの、息がつまるような臭い。

かすかにそよいだ風。

ただうるさいだけの、あるいはうるさいとも感じないほど当たり前の、猥雑な街の喧噪。

 

そしてまたあるいは、

意味すら、感覚すら見いだせぬ

単なる心臓の律動。

私の中で起こった小さな振動、微震。

生物としてのかすかな蠢き、揺らぎ。

 

忘却の彼方へと流れた膨大な事柄の中に、私の人生の本体がある。

 

その昔、このことを教えてくれた私の師は、こう言った。

「荷造りをする時、送るべきいくつかの品物ではなく、その間につめるプチプチやらクシャクシャと丸めた新聞紙こそが、あなたの人生なのだ」と。

 

間(マ)をツメるモノ、それこそが本体なのだ。

ツメモノこそ、我が人生。

 

そう思って、できあがったばかりの酵素を飲んでみる。

果物や野菜のエキスがぎっしりつまったツメモノの酵素

その酵素の生きたエネルギーが、私を成り立たせている身体というツメモノの中に、いつにも増して一層しみこんでいく感じがした。

 

<後記>

これを書いていたら、忘れていた昔の記憶が、ぼんやり蘇りました。

とても面白かったはずの本(なんと内容はすっかり忘れてしまった!)のことを。やっと思い出した、その表題は「日々の泡」(ボリス・ビィアン)。

 

 

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酵素材料の一部を撮影)