“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけい子が語る東洋医学の世界 〜

伽藍堂に想う

 

人は伽藍堂であり、

身体も伽藍堂である。

光も風も通す導管(チャネル)。

そしてまた人は多面体。

おみくじのガラガラポンをまわす時、これは人間みたいだなと。

ガラガラの箱の中から、ひとつの玉が。。。今の私は、こんなの出ました!って感じで。

 

自分とは何かと問いつづけていくと、最終的にガランドウであることに行きつく。自分とは、人との関係の中にしかいない。(如月小春

 

そして場としての伽藍堂。

ひとつのことに特化すると、はみ出してしまうものがある。

無味であって多目的に開かれた場所、それが伽藍堂。

そこを訪れると、なぜかホッとする。

本来身体もそういう場所であってほしいという祈りをこめて、

ここを伽藍堂と名づける。

 

 

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