“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけい子が語る東洋医学の世界 〜

バイオエナジェティクス(隣人編)

でっぷりと太った、それほど背が高くないその男性は、手に持った飛行機の座席番号の紙と機内の表示とを確かめつつ、ゆっくりと進んできた。

 

なんとなくの予感は的中した。

彼は私の前で立ちどまり、小声で「すみません」と言ったのだ。通路側に座っていた私は、たちあがって隣の席に彼を通す。窓際には小太りの男性がすでに座っており、真ん中のシートに彼。そして通路側に私だ。

 

よりによって真ん中とは・・。座るやいなや彼は、前席の背もたれについているテーブルをセットして、厚さゆうに7、8㎝はある分厚い本を開いて置き、そこに両手のひらを乗せている。どうやら本を読んではいない。

 

私は、彼のこの行動に面白さを感じた。彼の腕が隣人の領域にはみ出さないためにとっている策に思えたからだ。実際この行動により私のスペースへの侵入は、ギリギリのところで食い止められている。

 

離陸が近くなると、乗務員からテーブルを戻せとの注意がはいる。腕の置き場がなくなった彼は、腕を組んで(といっても腕が太くて組めない模様。右手の平で左の肘を、左手の平で右の肘をグッと持って)対処した。

 

飛行機が離陸し安定飛行に入るやいなや、彼はまたテーブルをセットし分厚い本を広げ両手を本の上にのせた。彼の両肩はアゴのあたりまであがっており、肩関節は内側にはいって肘は伸びている。腕全体に力が入っていて固まっているように感じられた。

 

さて私はというと、一連の彼の行動が気になって気楽な時間を楽しめない。せっかく一人での移動を楽しみにしていたはずが・・。

誰に気を使うこともなく、音楽を聞くも、本を読むも、景色を見るも、眠るのも良し!そうやって無為にすごしたり、ボンヤリできる気ままな一人旅が好きなのに。

 

小学校の頃、学校から帰った私は、歩いて5分位の所にある公園へ毎日のように行った。

鉄棒にカーディガンを巻いて、片膝を鉄棒にかけ、その膝を抱えるように両腕を鉄棒にくぐらせ、膝小僧の所で左右の指を組み、そこを支点にして身体全体で回転する。さらには両膝を抱えこんで回る。

とにかく回った。

まるで永久運動がこの世にあるのかどうかを確かめるかのように。

100回、200回、・・500回・・と。

 

薄れゆく意識の中でボンヤリするのが好きだった。

世界と自分が一体になる感じがした。

欲しい洋服といえば、鉄棒に巻ける厚手のもの。

 

膝裏と両肘の内側にできる内出血の大小の赤い点々が、自分の勲章のように誇らしく思っていたあの頃の話だ。

そして私は小学校高学年で心臓肥大となり、何度も病院へいくことになったのだった。

 

そうだ。

あの頃から、自分が置かれている現実から遠ざかり、ボンヤリと無為に過ごす時間が私には必要だったのだと、飛行機の狭い座席の中でハタと気がついた。

 

さて問題は今だ。

この逃れられない状況の中でどうしたらのいいのだろうか。

「置かれた場所で咲きなさい」ー書店でみかけただけの本のタイトルがふと浮かび(中身を読まなくても全てを読んだ気持ちになれるこの本は、スゴイと思います。読まずにいうのも何ですが・・)、どうせなら現在の私の状況を楽しく調べてみようと心を決めた。

 

私が気楽に楽しめない理由はこうだ。

私のスペースは目に見えては保たれているものの、明らかに彼のエネルギーフィールド(オーラ、あるいは彼をとりまく「気」)が私のそれとかぶさっており、しかも窓際の彼も小太りなので、自分の右側が彼らのエネルギーで、ひどく押されている。

自分の中心軸をみてみると、正中線からはっきりと左にずれていて、身体右半分の流れが悪く、すっかり固まってしまっているのだ。

乗馬をする人や道具を使うスポーツ選手とか、楽器を演奏する音楽家達は、その目的にあわせて、自分を含む全体としての中心軸を作りなおすという。

私もちょっと試してみようかと思ったが、見ずしらずの隣人を含めて自分の軸をとるのは、あまりに変だ!いい加減にしなさい、自分!とカツも飛ぶ。

 

たぶん隣の彼は充分に気をつかってくれている。しかし気をつかわれればつかわれるほど、そのエネルギーは伝播して私も固まる。

そうなのだ。「気」は天地万物の感応を媒介するという性質があるのだから、否が応でも伝染してしまう。

 

そしてそのうちに彼は寝た。肩をあげたまま、腕を硬直させたままで・・。

 

少しホッとした私は、この心優しき隣人を、バイオエナジェティクスという方法論(ウィリアム・ライヒの流れをくむアレキサンダー・ローエンが確立した心身相関のセラピーの手法)を使って、観察してみた(本当に余計なことです。名も知らぬ彼よ、お許しください)。

 

バイオエナジェティクスによると、彼はマゾキスト(俗にいわれる「マゾ」とは意味が異なり、性格構造を示す5つの分類のうちのひとつの呼び名)という型に分類される。

 

せっかく?なので、説明を少し。

 

マゾキストの身体的特徴は、背は比較的低く、分厚い筋肉で覆われた、でっぷりした身体だ。

 

生命エネルギーは、充分に充電されているものの、抑制がきつく発散や解放ができずに停滞し内向している。

 

身体の動きも制限され、自分を広げたり、伸ばすことが難しく、手を差しのべるといった行動もスムーズにできない。そのため、より一層身体がしまって短小・硬直化に向かう。

 

またエネルギー的な防衛として、さらに身体に肉をつけて自己を守る。

 

心理的には、厳しい抑制のため自己主張が制限される。その代わりに泣き言や不平が多く、攻撃性は奥へ奥へと追いやられる。時に暴力的、爆発的な攻撃性をもつこともある。

 

原因としては、支配的で犠牲的な母親と受動的で服従的な父親の家庭で育つとされる。

 

子供は窒息し、自由な表現が許されない。

 

このタイプが統合されるには、抑圧された感情の解放が必要。

(参照:「バイオエナジェティクス」 アレキサンダー・ローエン著)

 

ざっくりマゾキストの身体的特徴からエネルギーの使い方などをひも解くと、こんな感じだ。

 

もし彼が私にそれほど気遣うことなく、私のスペースへとはみ出るほどに肩を落として、腕を緩めることができたなら、きっと彼はもっと生きやすいに違いない。

彼の優しさに感謝しつつも、そう思ってしまった。

 

そしていつしか私も眠りに落ちた。

 

やっと飛行機は目的地に到着。私は立ち上がり、頭上に納めたキャリーケースをおろそうとすると、件の彼が手をのばし、床におろしてくれた。手はのびる。

 

彼はきっと統合されたマゾキストタイプの、心優しき人に違いない。

 

キャリーケースを引きながら、早足で出口へ向かう。

 

結局、昔を回想しながら、ボンヤリすごすことができたのだと思った。

 

やはり、ひとり旅は悪くない。

 

アーキタイプとして観察させていただいた隣人に感謝をこめて)

 

注:バイオエナジェティクスによる性格構造の分類は、分析して判断するためのものではなく、身体と心の関係を知り、よりよい統合の手段をみつけるためのメソッドである。

 

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キューバハバナのパン屋さんにて撮影)