“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

勝手に陰陽論7 ハーモニー

さる雛祭りの日に、大好きな大好きな友人の偲ぶ会に参列させていただいた。

傑出したアーティストだった彼女らしさが溢れる素晴らしい会で、準備された方々の愛情の深さにも感銘を受けた。49日を経てもなお出席者の多くの方達が大泣きし、互いに彼女のかけがえのなさについて語り合った。

泣いて笑って、慈しんで、切なくて、会いたくて、会いたくて。。

帰り道の風景はとびきりだった。

彼女が描く絵そのままの、やわらかな色彩のグラデーションがのびやかに拡がる大空に、あまたの金色の糸が天から放たれては粉雪のごとくキラキラと舞いそそぐ。そんな夕陽の光に、私達を乗せた車が走る一本道はまるごと照らされた。

彼女に祈りを捧げるはずが、今もまた彼女に癒されているのだと気づいた瞬間だった。

あと50年もすれば、今日お会いした方たちの大半は確実に彼女と同じ世界に行けるのだと、柔らかで眩しいほどの神々しい光に包まれながら私は思った。

 

先日も友人が「僕らがいなくなっても、建物や道はそのままで、人間だけが入れ変わって街はあんまり変わらない。なんか変な感じだよね?」と、彼女を偲びながら話してくれた。

 

万物は流転する。

人もやがて死ぬ。

変わらぬものはないのだから、街や道も時を経て風化し変わっていくだろう。

変わる速度の速いもの(陽)と ゆっくり変わるもの(陰)。

今回は、その変化の速度の違うものどうしが結びついてできあがる世界のお話である。

<ちょっとおさらい:陽とは外に向かって発散し、それゆえ軽くなり動きを生じ、速く進む。陰とは内に向かって集中し、それゆえ重くなり量を産む。動きの速度は遅い。>

 

少し前になるが、ある方が話してくださった。何かの本の中に「100年以上続く企業の条件」が載っていたと。そしてそれは、企業理念があることだという。

彼は続けた。

「それを読んで思ったんだ。つまり、企業で働く人々は入れ替わるので、変化する動きのある陽とみなす。企業理念は時代により多少変わっていくだろうけど、その速度は遅い。だから中心軸を作る不動の陰。ゆっくりでしか変わらない企業理念と次々に交代していく会社のメンバー達。これらが組み合わさって初めて、100年以上続く企業が生まれる。どう?この解釈で正しい?」。

正しいも何も、素晴らしすぎるではないか!

私が教えてほしいくらいだと思いながらも、とても嬉しかった。

 

そして私は、鍼灸師になりたての頃の自分の経験を思い出した。

それはご縁あって大企業のオーナーさん宅へ初めて出向いた時のことだった。

ご挨拶をするなり、聞かれた。

「あなたの社訓は何ですか?」と。

「・・・・・」。

はぁ。。社訓???

だって私、流れ者のような鍼灸師だよ。会社もなければ、治療所もない。風来坊みたいなものだよ・・と、心の中で。

その方は、びっくりしている私に向かって容赦なく続けた。

「社訓がスラスラ言えないようではダメだ。社訓でなくてもいい。あなたの場合は、どういう仕事をしていくのかという柱を決めて、文章にして書き出してみたらいい。必ずやってみて欲しい」と。

しばらくその事を考え続けていた。ある意味ショックだったのだ。考えたこともなかったから。

どんな仕事をしたいのか?何をモットーにするのか?そもそも私は何がしたいのか?

自分の仕事の指針をシックリくるまで考えた末、紙に書いて、狭い部屋のベッドの横にその社訓とやらを貼ってみた。それは朝起きると必ず目に入り、歯磨きをしながらその文言を見つめて、私の1日がはじまるようになった。

 

あ、あれは陰陽の話でもあったのか?!(今さら驚く自分に驚きます!)

状況に応じてテンポよく変わりながら行動する自分(陽)と 

初心である変わらぬ軸に焦点を合わせる自分(陰)。

変化する状況に流されて生じるブレを、時々陰に立ち戻り、軸をたて直していたのだ。

 

この世界は、

ゆっくり回る大きな歯車(陰)と  回転の速い小さい歯車(陽)とが

噛み合って呼吸しているのだ。

  

この物質世界 と そこで生きている人間

企業理念 と その構成員

モチベーション と 行動

老人 と 若者

建造物のある街 と 人々

インフラ と 日常生活

社会構造 と 個人

地球 と 文明

 

そして、これらがうまく機能するのに最も大切なのは、

ハーモニー。

歯車が噛み合っていること。

 

適切なモチベーションは、行いに喜びを与える。

素直な若者は、老人の知恵や経験から成熟を学びたい。

素敵な街では、その街を愛する人々の息づかいが聞こえる。

大切にされる建造物には、その歴史を尊重する人々のマナザシが注がれる。

計画性のあるインフラが整ってはじめて、生活に活気があふれだす。

安全な社会であれば、善良な個人がのびのびとしていられる。

 

その一方で

あまりに陳腐な企業理念には、ついてはいけない。

滅びてしまった文明は、その土台となった地球と折り合いがつかなくなったのではないか。

再生が進まない土地や廃墟は、地球の営みと相入れない何かがあるのかもしれない。

つまり、歯車が噛み合わない関係は、どこにも行きようがないのだ。

 

陰と陽とが調和されて歯車が回りだすと

無意識に止めていた呼吸が深くなるかのように

ひとつひとつのパーツに息が吹き込まれ

システム全体が生命体として動きだす。

 

そこにいて

呼吸が楽にできるかどうか。

優しい息づかいを感じられるかどうか。

素直になれるかどうか。

身体がゆるむかどうか。

晴れやかに笑えるかどうか。

神聖さを敬えるかどうか。。。

 

調和がとれているというのは、こういうことなのだと思う。

 

  

<後記>

遺跡を訪れる時、そこで人間が生活していた遥か昔の時代に思いをはせ、止まってしまった時間へと旅をする。そんな感覚に浸るのが私は好きです。

はじめてピラミッドを訪れた時も、その巨大さに圧倒されながら、造られた当時の様子を想像してボーッと眺めていました。

しばらくすると、私はピラミッドから人々を見ている感覚になったのです。

建設されて以来、悠久の時が刻まれるその間、どれだけ多くの様々な人々が入れ替わり立ち代わりここを訪れたのだろうか。そしてその様を、このピラミッドは微動だにせず、幾世紀にも渡ってどれほど見つめてきたのだろう。。

それは、自分の小ささを見せつけられたような、気が遠くなる感覚でした。

ゆっくり変わるもの と 速く変わっていくもの。

このマッチングは、至る所で見られるのだと思います。

 

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エジプト、ギザのピラミッドにて撮影