“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

東洋医学各論7 心(シン)

眠れぬ夜。時計の針は、その速度を異様に落として刻みこむ。

しかも自殺は明け方に多い。

自分の痛みとは係りなく、陽がまた昇り、現実世界が再び立ちあがってくる頃に。

街並を一斉に照らしはじめた太陽の光が、身動きできずに暗闇に浸っている心を打ち砕く。

この世を支配するリズムに乗りきれない。こんな痛みを伴い、冴えた頭が世界からはみ出てしまった孤独を浮き彫りにする。

人間は群れの中で生きる哺乳類なのだと思う。たとえどんなに孤独を愛していようとも。

それゆえ群れのリズムに乗れない時は、苦しさや生きづらさを感じることが多いのではないだろうか。

 

寝るべき時刻に眠れない。

なぜかドンドン頭が冴えわたる。

 

私は小学校低学年から数年にわたり不眠症だったので、寝れない夜との付き合いは相当長い。

それゆえ不眠についての苦しさを患者さんが私に訴える時、その気持ちがわかるような気がするのだ。

 

狂ってしまったリズム。

生物としての機能が失調してしまった身体。

突きつけられた底抜けの、漠とした不安。

心と身体との崩れたバランス。

 

生死をかけるほどの苦悩ではないにしろ、この不眠という症状を誰しも一度や二度は経験したことがあるのではないか。

 不眠の症状が現れた時、一体自分に何が起きているのだろう。

 

今回は、このことを踏まえながら、不眠と関わりの深い臓器である「心(シン)」について、中医学の見地から掘りさげてみたい(以下、文中の太字は中医学の用語や注目すべき単語を示す)。

<注:中医学には臓象学説といわれる考え方がある。これは器という身体の内側(陰)の活動異常は、必ず外側(陽)の現に表れるとし、その関係性に着目するもの。具体的には実質臓腑である肝・心・脾・肺・腎(五臓:陰)は、それぞれ胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦(六腑:陽)と経絡が通るルート)を通じて関係しあってシステムが作られている。肝は胆と、心(シン)は小腸と、脾は胃と、肺は大腸と、腎は膀胱と、それぞれ経絡のルートで通じ合い、表裏の関係(五臓六腑の表裏の関係については、またいつか!)となる。さらにそれぞれ目・舌・口・鼻・耳(五官)とも繋がってシステムを形成している。つまり、心(シン)は小腸とも、舌やその他の器官とも関連している。中医学で「心(シン)」という場合、心臓という実質臓器の他に生理や病理といった働きを含むシステム全体をさす。これは、心臓という解剖学的な臓器のみを示す西洋医学とは異なる点である。>

 

古典には、「心(シン)は(シン)を蔵し、五臓六腑を統括する」と書かれてある。

とは神志ともいい、精神・意識・知覚・記憶・思考などをさし、生命の要となるものである。つまり脳の活動全般にあたる。それゆえ心(シン)は「君主の官」と呼ばれて身体の最高責任を担っているのだ。

 

心(シン)の重要な働きは2つ。

1つめは、心(シン)から連なる脈管を通して血液を全身へ巡らせ、血中の栄養を臓腑や組織へと運ぶ働き。これは西洋医学でいう心臓と同じ役割である。

2つめは、「心(シン)は神志を主(つかさど)る」という役割を果たす。精神・意識・知覚・記憶・思考などを意味する神志をコントロールする機能を心(シン)が担うのである。意識障害や知覚障害も心(シン)との関わりが深い。不眠や健忘、うわ言や幻覚、昏睡といった認知症に見られる症状も、神志の異常と言えるのだ。

この2つの役割は密接に関連している。精神活動が活発に行われるためには、血液が潤滑でなくてはならない。また過度なダイエットでの栄養不良により心血(シンケツ:心臓そのものを養う血および全身へ栄養を巡らす血。加えて精神活動の基礎物質となる血)が不足すると、集中力が散漫になったり、イライラしたり、動悸やふらつきがおこる。過労や心労もまた心血を消耗しが不安定となり、不眠に至る(心血不足の不眠)。

 

さて、心(シン)を陰陽五行(万物は陰陽と木・火・土・金・水の5要素からなるとする中国哲学の思想)で見てみると、その性質はであり、心(シン)が活発になる季節はとなる。本来心(シン)は、熱気があふれ、炎上しやすい陽気盛んなの性質を持つ。意識活動の中枢である心(シン)が過度に刺激され熱を帯びて心火(シンカ)となり、目が冴えて不眠を招く(心火亢進の不眠)。同様に(シンキ:心を動かす気)が亢進すると、血液循環も亢進するため、鼻血が出やすくなる。さらに血中の津液(シンエキ:血液成分を除く水分の総称)は、火が有する熱によって水分が飛ばされるため、比重の重い血液となり血栓の原因にもなる。

 

真っな太陽のような火()の力を持つ心(シン)の亢進を沈めるためには、水()の力を持つ腎の働きが必要である。不摂生や過労、加齢により腎の持つ水の力が衰えてくると、心(シン)が持つ火の力を抑えきれず、相対的に心火(シンカ)が生じて不眠となる(陰虚火旺の不眠:陰である腎の働きが弱り、相対的に陽である心火が盛んになるために起こる不眠)

 

また心(シン)の液はである(注:津液代謝物は涙・汗・ヨダレ・ツバ・鼻水となり、それぞれは肝・心・脾・肺・腎の五臓と関連している)。発汗は、体内の熱を排出し体温を調節する役目があるが、夏の暑さにより津液(シンエキ)が発汗により失われると、血液の材料となる津液が不足し、血液も不足。その結果、動悸(心悸ともいう)やめまいがおこる。熱中症での痙攣も津液が損傷され、血液がドロドロとなって筋肉にいきわたらないために起こる。さらに意識障害にもなる。

 

津液については、こちらを参照 

garaando.hatenablog.com

 

また暑くてをかくのではなく、寒いのに発汗する場合、心気(シンキ)が弱っていて漏れやすくなっている場合がある。臨床においても、夜中に3度もパジャマを着替えるほどの大汗をかくという方達がいる。このような汗の異常は、心疾患と関係している場合がある。普段に比べて異常に発汗するようになった場合は、心筋梗塞といった心疾患への注意も必要( ただし風邪を引いて汗がでなくなったり、反対に大汗をかく場合には、呼吸器である肺の問題)。

 

心気については、こちらを参照

garaando.hatenablog.com

 

さらに心(シン)はと関係が深い。ストレスや神志に異常があると、味覚がわからなくなったり、舌の運動機能が低下して言語障害が起こることがある。脳血管障害の後遺症で言語障害がある場合、心経(心の経絡:気が流れるルート)にまつわる経絡の流れを良くする治療が良い。

 

下3図は、心(シン)に関係する経絡図。  は体表ルート━ は体内ルート

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心包とは、心(シン)を包む膜とされていて心(シン)の調整を行う

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心(シン)と小腸は表裏・陰陽の関係にあり、経絡で繋がっている

このように心(シン)に関連する経絡の流れは、いずれも腕を巡っている。よって腕の凝りをとること、無意識に入る腕の力を抜いて気の巡りをよくすることは、心(シン)の健康に重要となる。また経絡の流れが顔面にも巡っているため、心(シン)の状態はにも表れる。心気(シンキ)が不足した時は淡白に、心血(シンケツ)不足は蒼白となる。顔の血色がよく、ツヤがあるのが理想である。

 

ここで、心(ココロ)というものを取り上げてみたい。ココロには、感情や精神活動が含まれる。上記の説明どおり、精神活動は神志と呼ばれ、臓器としての心(シン)が担っている。それでは感情は肉体のどこと関連しているのか。中医学においては、五臓それぞれに固有の感情が宿るとされている。肝には怒りが、心にはびが、脾には思いが、肺には悲しみ(憂)が、腎には恐れが宿ると。。

喜びが宿るという心(シン)。笑いによって心の機能は亢進され、身体全体へ円滑に血液を運ぶ。こうして免疫があがるのだ。しかし喜びすぎると気が緩み、必要な緊張が維持できなくなる。

また精神に異常をきたした場合の狂喜やニヤニヤし続ける笑み、こういった過度の喜びが表現された場合に、心(シン)に問題があるとされる。

 

心(ココロ)と身体は分かつことができず、

あらゆるものが繋がりあっているとする中国思想。

図らずもココロと同じ漢字である心(シン)という臓器に注目するだけでも、

生命体としての人間の、その奥深さを思ってしまうのだ。

 

 (おまけ)

心(シン)と関連あるもの:

自然界においては火・夏・熱・赤

人体においては小腸・血脈・汗・舌・顔・喜

 

 (後記)

私の友人は、寝つけぬ夜にはケーキを焼くと教えてくれました。私も何度か試しましたが、これはなかなかいいですね。部屋に広がるバニラエッセンスの甘い香りと焼き上がったケーキ。心和む雰囲気の中、真夜中に焼きたてのケーキを食べてみる。するとその後はなんだか眠れるのです。なかなか真夜中にケーキを食べることを勧める治療家は少ないと思いますが、そこはまぁ、なんでもアリで!

よかったらお試しください。眠れぬ夜はケーキを焼いて。。

 

 

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 アルゼンチン、ブエノスアイレスにて撮影