バブル時代に建てられ、裏ぶれてしまったビルの最上階。
その片隅に私の小さな治療所がある。
手抜きして建てられたと言われたら、「やっぱりね!」と思うようなビルだ。
剥がれ落ちそうな壁紙のエレベータが日本製だと知った時は、私がとても驚いた。
その上たてつけの悪いヤスブシン感満載の部屋。
治療用ベッドは2つ。
そんな治療所が私の仕事場だ。
ここで毎日、様々なことが起こる。
先日も、こんなことがあった。
10年以上の長きにわたるおつきあいの患者さんが来所。
10年以上といっても数年のブランクが何度かあり、何か節目を彼女が迎える度に治療が再開するといった感じだ。
その彼女が、うつ伏せでハリを背中におかれた状態で私に聞いた。
「夜になるとジンマシンが身体中に出て、痒くて痒くて仕方ない。ステロイドの飲み薬を飲んでいて、その時は治まるけどちっとも良くなっていく感じがしない。もうこれで1年半も飲み続けている。どうしたらいいの?」。
今までも彼女に断薬を勧めて成功した経験があった私は、言った。
「ステロイド、やめてみる気ある?」。
すかさず答える彼女。
「無理。無理。絶対に無理!!子育てでやる事が山積みで、自分が痒いと何もできない。だからゼッターーーーイ!!!無理!!」。
「そうか・・」というのがやっとの私。
あまりに激しい拒絶を前に、私の質問は粉砕された。
そうこうしているうちに次の患者さんが現れ、隣のベッドへ通す。
するとその方は、開口一番こう言った。
「私、先日教えていただいたやり方で、だんだんにステロイドの薬をやめていったんです。そしたら3日間くらいモーレツに痒かったけど、我慢して乗り切ったら、ほら!今、こんなに綺麗になりました。頑張って薬をやめて本当に良かった」と。
そういえば、彼女も皮膚疾患でステロイド薬を使っていたのだった。
隣の彼女に聞こえただろうか?と一瞬頭をかすめたものの、その件には触れずにその日は終了。
2週間後にやってきた、ジンマシンの彼女は言った。
「ステロイドを止めて3日間くらいモーレツに痒みを我慢して、すっかり治りました!」と。
「えー!!いきなりやめた???3日の我慢ですっかり治った???」と驚く私。
「はい。先日カーテンの向こうからステロイドを止めて治った話が聞こえたので・・」。
あんなに拒絶したのに・・と、私は困惑しながらも可笑しくてたまらなくなった。
いきなり薬を断つという暴挙!
しかも、そっくり同じ行程で治癒したという怪しい話。
危険だったけど一件落着したなら、まぁいいかと笑えてきた。
それにしても。。
つくづく不思議だと思う。
かなりの人達の断薬を見守ってきた私の提案は拒絶され、
誰だかわからぬ他人の話で、決心させられるとは。
カーテン越しに聞こえる声。
切り口が違うと受け取れる言葉。
何より同種の病気を持つ2人が隣りあう偶然。
意図したわけでもないのに、タイムリーだった会話。
私と一対一では起こりえないことが、はじまりだす。
こんなことが、たまに起こるのだ。
私のあずかり知らぬところで、
治癒へと導く扉が開く。
そしてこれが「場の力」なのだと思う。
私の治療所の場の力。
ここへ集う患者さんたち。
贈られてきたステキな絵画たち。
めっぽう伸び放題の植物たち。
南と西の2面の窓から見える空。
優しく満たしてくれる、清々しい朝日。
部屋をオレンジに染め上げる夕陽。
怒り、悲しみ、落胆、憂鬱、倦怠、そして痛み。
喜び、楽しみ、驚き、慈しみ。
涙、鼻水、ヨダレ。。
ここを構成するものすべてが、
この場を作ってくれる。
流れるべきものは流れ、とどまるべきものはとどまりながら。
すべてまるごと
治療のために。
そして私までもが癒されていく。
主宰者であり、治療する側であるはずの自分も、ひとつの構成要素。
またしても部分な私。
私にできることは、
ここにいること。
いつづけること。
(あ、もちろん治療への情熱の炎は燃やしながらね!)
ただそれだけのこと。
そして今日もまた
患者さん達が
古びたエレベーターにコトコト揺られながら、
小さな治療所のドアをたたいてくれる。
<後記>
後日この患者さんは、こう言ってました。
「本当は私、薬をやめたかったんだって、やめてみて気がついたんです。実はすごくすごくやめたかった・・」と。
自分の本心って、通りすぎてはじめて確認できることもあるのだと思います。特に病気に関しては不安がつきものだから、防衛も強く、あきらめも大きい。だから乗り越えられてはじめて、自分の願いに気づくことも多いかと。
今回の流れも、根底に彼女の潜在的な願いがあってこそ。
その願いを浮き彫りにする形に、場の力学が働いたように思えます。
誰の意図も介さず、自ずと起こるべきことが起こる。
私の治療所がますますこんな場となりますように!
治療所にて撮影
(なおこの記事は、やみくもに断薬を勧めることを意図したものでもありません。また文中に登場する患者さん達の了承を得て掲載。)