“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

勝手に陰陽論12 豆腐と太平洋

冬を迎え鍋料理の美味しい季節がやってきた。

湯豆腐を作るため土鍋に豆腐を入れて煮えるのを待つ時、たまに思い出すことがある。

あれは、私が精神科医であるS医師のもとに足しげく通っていた頃の話だ。フロイトに詳しいS先生が話された内容のいくつかを、私は今も鮮明に覚えている。

その一つに、潜在意識(無意識)についての話があった。

「潜在意識(無意識あるいは本能的なもの)ってのは太平洋みたいに広大で、人間の頭で判断できる顕在意識(表層の意識あるいは理性的なもの)ってのは、そこに浮かぶ豆腐だよ。潜在意識は太平洋、いわゆる意識は豆腐。太平洋に浮かぶトウフ!」

そうなのか!?

ト、トウフでしかないのか・・。

トウフのような個人の表層の意識は、なんと潜在意識という太平洋の海に浮いているのか・・。

 

太平洋に象徴される潜在意識には、いくつかの層がある。まずは個人の無意識の世界があり、その下には家族や社会、民族、国、さらには人類全体に共通する集合的無意識が、好むと好まざるとにかかわらず綿々と繋がって存在しているのだ。

例えばクリスマスに演奏されるベートーヴェンの第九。歓喜の歌を唱い上げる、国籍を問わないあらゆる人々のさまざまな歓び。そのエネルギーが、唱う人や聴く人々の中に眠っている無意識を呼び覚ます。

あるいはガンという病名を聞いた時、個人がその病名に持つイメージそのもの以外に、人間がガンで苦しんできた歴史に刻まれる痛み、悲しみ、苦しみ、怖れといった人類全体に共通する無意識のエネルギーが貼りつけられる。

こうして言葉は、この潜在意識に乗っかって、一人歩きする力である言霊を持ってしまうのだ。

 

さてこのトウフとは意識であり、我らの頭の世界のことである。これに対して無意識とは自分の力を持ってしてもコントロール不能で勝手に自律的に働く神経に支配される身体の世界なのだ。

 

つまり、頭はトウフで身体は太平洋なのである。

陰陽論でいえば、軽々と流されるトウフは陽で、泰然として下ざさえをする太平洋は陰といえないだろうか。

 

さて、皆さんは自律神経失調症と診断された場合、どんな風に思うのだろう。

私の臨床では

「心臓が苦しくて調べましたが異常はありません。自律神経失調と言われました。」

「手の震えは問題ないそうです。緊張すると起こるので、自律神経の問題みたいです。」

こうして器質的疾患にまで及んでいないので、ちょっと安心する。あるいは自律神経がちょっと狂ってるけどどうすることもできないし、繊細で体質が敏感なのだから仕方ない。。と思われるケースが多い。

不眠症

胃酸過多も

めまいも

不整脈

ダルさも

痺れも

高血圧も低血圧も。。

原因不明で体質に起因し機序が説明できない病は、自律神経の失調となるのだ。

 

ただし、外界へ向けて行動することができなくなる鬱も、

自分の細胞を間違って攻撃してしまう様々なアレルギーをはじめとする膠原病も、

取り除くべきガン細胞を増幅させてしまうのも、

トウフである意識の力ではどうにもコントロールできない自律神経の活動といえるのだから、

自律神経失調というのは、実は全くもって油断ならないのだ。

 

では、この無意識の領域で働く自律神経とはどんなものなのだろうか。

 

ざっくり言うと、脳から仙骨を結ぶ背骨に沿って走り、背側と腹側から身体の内臓の全てに、また眼球、涙腺などの各部位に繋がる神経である。知覚や運動の神経とは異なって、自らの意志とは無関係に自律して働く。ゆえに我らは、心臓の鼓動を止めることも血管を収縮させたり拡張させたりすることも、内臓の動きやホルモンをコントロールすることもできない。

そして自律神経は交感神経と副交感神経という2種類の神経からできている。

交感神経は、外敵に出会った時のサバイバルモードを作り出す神経で、起きている時や緊張・興奮している時に活発になる。

副交感神経は、身体内部の環境を整える神経で、寝ている時などに働きリラックスモードを作る。

 

陰陽論で言うなら、外へとエネルギーがむく交感神経が陽であり、身体内部の活動へエネルギーが注がれる副交感神経が陰となる。

人体は、この交感神経(陽)と副交感神経(陰)とで、全体として一つの目的を果たす。(この互いに対立し合うものどおしが、ある目的のために統一して働くというのも、陰陽の特徴でもある)

 

 陰陽論については、こちらを参照

garaando.hatenablog.com

 

さて、交感神経と副交感神経とが対立しながらも、ある目的のために一体となって働く、その目的とは?

それは生命体の基本、自らの命を守りながら育むこと。

外敵に襲われている時に、お腹がすいたり、眠くなってはヤラレル!危険が去れば、自分の内部環境へとエネルギーが向かう。いつもハイではいられない。

<注:注目のポリヴェーガル(複数を意味するポリとその大部分が副交感神経である迷走神経を意味するヴェーガル)理論によると、副交感神経(迷走神経)には原始的な背側のネットワークと進化型の腹側の2種類のネットワークがあり、副交感神経であってもリラックス状態へ導かず、危機に接して心身をシャットダウンさせ、死んだふりをする場合もあるとされる。>

 

いわば本能である自律神経の活動は、生命の叡智に満ちた深淵さを持っている。

自律神経失調症を治すために呼吸法や瞑想が効果的なのも、頭の過活動を抑えるためだ。

よく「身体の声を聴く」と耳にするが、

太平洋の言い分をトウフが聴く?という感じがしてしまう。

病気を治すには「過剰な頭を黙らせる」という方が、あるいは「身体感覚に委ねる」という方が、より核心に近づけると臨床経験を通じても思うのだが、いかがだろうか。

 

ギリシャの哲学者ソクラテスがいった「無知の知」は、自分の頭と身体の関係の中にも見出すことができる気がするのだ。

 

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ミクロネシア付近にて南太平洋を撮影