“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

東洋医学各論12 脾

稲が実って田んぼ一面が黄金色に染まる季節がやってきた。先日、空高く晴れわたった青空のもとで、黄金に輝く稲穂の大地を見た。黄色い大地。そんな言葉が頭に浮かんだ。

 

今回は、黄色や土に象徴される人体の臓器、五臓六腑の五臓(肝・心・脾・肺・腎)のうちの一つ、東洋医学でいう 脾 について取り上げてみたい。(東洋医学独自の言葉は太字で記載)

<注1:東洋医学で 脾 という場合、西洋医学でいう脾臓の概念とは異なる。西洋医学では脾臓という解剖学的な部位である実質臓器を指すが、の医学である東洋医学では実質臓器に加えてその臓器が持つ機能を指す。肝・心・脾・肺・腎といった五臓の中で、特に脾は物質として捉えるとわかりづらく、摂食・消化吸収・栄養といった機能を司ると理解してもらいたい。西洋医学でいう消化器全体(胃と腸)の働きをコントロールしていると捉えるとわかりやすい。さらにその役割は広く、手足の動きも司り、水分代謝を担い、血液にも関与する。>

<注2:東洋医学には臓象学説といわれる考え方がある。これは器という身体の内側()の活動異常は、必ず外側()の現に現れるとし、その関係性に着目するもの。脾は、口や唇へと流れが繋がり(下図の経絡図参照)、肌肉とも関連がある。また脾()は、胃()と経絡のルートで通じあい、陰陽表裏の関係となる。つまり脾と胃とは、互いに密接に関連してシステムを形成している。>

 

 <十四経発輝(14世紀に書かれた中国の医学書)による脾経の流注経絡の流れ)>

  ー 体表のルート  体内のルート

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足の親指先内側のツボ<隠白・インパク>から始まり、内くるぶしを通って足の内側を上り、
大腿骨内側を通って腹腔へ入る。腹部で体表と体内に枝分かれする。
体内のルートは、脾と胃を通って胸の奥へ流れ、心の経絡である心経・シンケイと繋がる。
体表のルートは、胸へと上り、脇の下へと下行して<大包・ダイホウ>というツボで終わる。
さらにその枝分かれした流れは、体内に入って喉から舌に達する。

 

さて東洋医学でいうには、どのような役割があるのだろう。

①消化によって得られる栄養分を全身の細胞へと送る。

私たちの身体は水分と食物を取り入れ、それらは混ざり合った状態で体内を巡っている。胃はこれらの飲食物を消化する。この消化によって得られる栄養分(この栄養分のことを東洋医学では水穀の精微スイコクノセイビと呼ぶ)を全身に運び、血管や細胞に活力を与えるのが脾の役割となる。

②栄養分から津液を作り、全身へ巡らせる。

脾は、飲食物の栄養(水穀の精微)から水分を取り出して津液シンエキ(身体の正常な水分の総称。細胞内の水分、胃液、涙、唾液、リンパ液、汗などを含み、体内や体表を潤す作用がある)を作り、全身へ送る。余分な水分は汗や尿となって排出される。

       津液については、こちらを参照garaando.hatenablog.com

③出血を防ぐ。

東洋医学は気の医学であるから、脾が有する気(脾気)には、血(ケツ・主に血液を指すが、血液に含まれる栄養分も含む)が血管外へ漏れるのを防ぐ作用がある。

脾の機能が低下すると出血しやすくなり、泌尿器に異常がないのに血尿になるとか、血便が出る、女性であれば不正出血が続くといった症状が臨床においてもみられる。

 

このように脾は飲食物からの栄養を取り入れ、それを全身へ巡らせ、水分代謝をつかさどるといった生命力に直結した力を生み出す。両親から受け継がれるところの、生まれながらに持つ生命エネルギー(先天の本センテンノホンという)は、腎が担う。そして後天的に飲食物から獲得できる生命エネルギー(後天の本コウテンノホンという)は脾の働きによるのである。自然界で言うなら、腎は種であり、脾は種を発芽させる土壌となる。

       腎についてはこちらを参照

garaando.hatenablog.com

 

では脾の機能低下はどんな症状をもたらすのだろうか。

脾と関連する器官とされる口に現れる症状では、味覚が鈍くなったり、甘味や苦味を感じたり、ねっとりしたりといった口内の異常となり食欲が落ちる。

また正常であれば涎(ヨダレ)は、口腔の粘膜を保護し内部を潤し嚥下や消化を促す役割があるのだが、不調になれば分泌が増し、ヨダレが口外に漏れてしまう。

口唇の色や艶は、全身の気血の充実度が見てとれるので、脾が運ぶ栄養が全身にいきわっているかどうかの指標となる。口唇の血色が悪く乾いている時は、脾の機能が低下している。

全身に栄養が運べず気血が不足すると、食欲不振・全身倦怠となり、やつれてくる。さらに津液の巡りが悪くなると、津液が滞ってむくんだり痰が出たりと水分代謝が悪くなる。その結果体内に湿が溜まり水はけの悪い身体となってしまうのだ。全身に栄養が回らない上、水はけの悪い身体になると、身体は重だるく疲れやすい。

 

ここで自然界に目を向けてみる。

地球上の土にもいろいろな性質がある。肥沃な土地、痩せた土地、粘土状の土、砂土など。

粘土状の土は水を弾いてしまう。砂土は水を通すだけで潤いや養分を保つことができない。

農作物がよく育つ肥沃な土地とは、スポンジのごとく雨を十分に吸収し、落ち葉や動物の糞尿などから栄養を得ることができる土地だ。この栄養を得るためには、落ち葉や糞尿を分解するために微生物が宿っていなくてはならない。つまり保水性がありながらも水はけが良く、通気性も備わっている土地のこと。

これは、そのまま人体にも当てはまる。

潤いつつも水はけがよく、栄養がいきわたって、呼吸する身体。

いくら自然な食品を食べても薬を飲んでもサプリメントを試してみても、

受け皿である身体の中の脾の機能が低下していると、その効用を受け取ることができない。

またどんなに食べても太らない人がいる一方、水を飲んだだけでも体重が増える人もいる。

この違いは、土の性質を持つ脾の働き方の違いによるのである。

 

東洋医学における脾は、

植物や農作物を育てるために重要な役割を持つ土と同様の役割を担っている。

 

自らの身体は、どんな土にたとえられるのだろう。

 

(おまけ)

脾と関連あるもの:

自然界においては 土用(春夏秋冬の中での土用の期間で季節の変わり目にあたる)・湿・中央・黄色

人体においては 胃・唇・ヨダレ・甘味・肌肉・口・思(思考や思慮:ストレスがたまると消化器に異常をきたす)

 

(後記)

この記事を書きながら、ずいぶん昔に見た中国の映画「黄色い大地」を思い出していました。

その後中国へ行ってみると、湿度が高く木々がみずみずしい日本とは違って、中国の大地はナルホド本当に黄色だなぁと思ったことがあったのです。

先日私が見たのは、稲が実って田んぼ一面が黄金色に染まり、稲穂が輝かしく光ってたなびく黄色の大地。

同じ色であっても、土でも、ホントいろいろあるなぁ・・。

今回とりあげた脾は、他の臓腑と違って馴染みが少ないうえに東洋医学独自の概念なので説明が難しく、実はずっと先延ばしにしていました。でも見ちゃった!黄色い大地を。観念して挑戦してみた次第です。

願わくば、脾といえば土の性質だということだけでも伝わりますように!

 

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中国の西北部、黄土高原にて撮影。ここは日本に飛来する黄砂の発生地。