“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

東洋医学各論15 水は1日2リットル?!

 「日が暮れるのが早くなりましたね」患者さんの言葉に、私は薄暗くなった治療室の時計を見た。まだ5時なのに、そろそろ夜モードだ。熱と光のビームで野蛮なまでにアスファルトを照らしつづけた太陽を時に疎ましくも思えた夏。その夏がゆっくりと終わりを告げる季節となってきた。「異常気象だ地球変動だと言っても、立秋を過ぎたとたん、確実に秋めいてきますね」とも。本当にそうだ。正確に循環している世界のただ中に私はいる。そして森羅万象をつかさどる自然界の掟こそ、あらゆる生命体が還る道にちがいない。

 

 循環するという自然界の法則。今回はこのことを踏まえつつ、私たちが毎日必要とする水分量について考えてみたい。

 

 いつの頃からなのだろう。”水は1日2リットル”ーこれが多くの人たちの意識に植えつけられたのは。患者さんたちの話からも、その浸透ぶりはうかがえる。「1日2リットルの水分を取らなきゃと思っています」とか「水を2リットルなんて、そうそう飲めないですよ。どうしたらいいのでしょう」とか「毎日2リットルは取ってます。まずは目覚めの1杯、日中はペットボトルで、最後は寝る前にまた一杯。こまめに取るのがコツで、これが私の健康法ですね」という方もいる。

 またこんな声も。「腎臓のお医者さんは水分を取れ取れと言うけど、心臓の先生は控えるようにという。困ってしまいます」「母の認知症が進まないように水を測って飲ませることになりました。でも、そんなに飲まない。厳しく監視しているうちに私との関係が悪化して・・」「利尿剤も出すので、なるべく多くの水を飲んでください。こう、お医者さんに言われたけれど、なんだか身体が疲れて疲れて・・」「夜中に4、5回はトイレに起きるので、睡眠が十分に取れません」「足のムクミが取れず身体もモッタリ重くて・・」「胃が浮腫んでボテッとしている感じです」とか。さらにこんな症例も。「父が脳ドッグを受けたら水頭症になっていて・・。頭に水が溜まっていた影響でよく転ぶとわかりました。水を飲むように指導されていたので、頑張って飲んでましたが・・」と、水分に関する質問や訴えは途絶えることがない。

 

 どうなのだろう?老若男女、季節も体質も病歴も問わず、毎日2リットルの水が本当に必要なの?どうなの?

 

 水分は、私たちの身体の6割以上を占めている(胎児で体重の約90%、新生児で約75%、成人では約60〜65%、老人では50〜55%)。東洋医学では、この水分を津液しんえき:栄養分を含む体液の総称)と呼び、重要な基本概念としている。西洋医学では病気の原因を細胞の変性による(細胞病理説)としているのに対し、東洋医学では体液の過不足や滞りによってその流れが阻害されたために起こる(体液病理説)としている。つまり東洋医学において水分量は、あらゆる病気に関わっているとして重要視しているのだ。(注:太字は東洋医学独自の用語を示す)

 

 水分は、具体的にどのように病気と関係しているのだろうか。

 水分の停滞によって起こる浮腫み(ムクミ)は、誰しも感じたことがあると思う。この浮腫みには、ザックリ以下のようなタイプがある。

 ①体内の津液があふれ、代謝されない状態での浮腫み。お酒の飲み過ぎにもみられ、胸がムカムカしたり身体全体がだるく頭もすっきりしない。梅雨時や夏の湿度の高い時期にも多い。

 ②冷え性タイプに多く、の働きが弱くなった場合に見られる浮腫み。全身が冷えて足腰や膝が痛み、下半身やふくらはぎ、足首が浮腫む。

 ③胃腸()が虚弱なタイプに多い浮腫み。冷えた飲食物で下痢しやすく、手足も冷たく疲れやすい。

 ①②③いずれの場合も尿量が減って、体内に余分な水分が停滞して起こる。

 

 こういった浮腫みは老廃物をも含んで、体内のあらゆる場所に溜まりはじめ、さまざまな病気の原因にもなる。しめつけられるような頭痛や石を乗せられたような頭重もそうだ。耳に停留すれば、めまい・難聴・耳鳴りの原因にもなる(注:西洋医学でいうメニエール病も内耳が浮腫む内リンパ浮腫が原因)。また花粉症でタラタラと鼻水ばかりが出る場合も水分過多がみられる。身体の下方へと水分が代謝できずに鼻から出てしまう。

 アトピー性皮膚炎では皮膚の表面が乾燥してしまうことが多い。これは、皮膚の内側で貯留し固まってしまった水分や老廃物などが、表面へと向かう水分の経路を邪魔してしまい、表皮まで水分や血液が行きわたらないから。それゆえ汗がかけない。あるいはその浮腫みと老廃物とによって、熱の発散もできない。そして熱がこもって赤く腫れて痒くなってしまう。表皮の下にある硬めの浮腫みのようなものが代謝され、汗がかける体質に変わっていくと、アトピーは格段と良くなっていくケースが多い。

 また気道の一部が浮腫むことによって空気の摩擦音が発生する喘息。特有のヒューヒューという音が特徴的だ。これも水分量との関わりが深い病いといえる。

 私は、朝起きると痛みが強く出るリウマチの患者さん3人に、夜の水分量を減らす実験をしてもらった。全員から翌日の痛みが楽になるとの回答をもらっている。リウマチも湿シツ)の影響を受ける病気であるので、水分量や冷えに注目することは大事なのだ。同様に朝起きがけに痛む手指の関節痛も夜の水分量を控えることで軽減されることが多い。また手に小さなブツブツができる主婦湿疹とか足裏にできる湿疹などは、きまって春先になると出てくる。これは、体内に溜まって固くなってしまった浮腫みの残骸で、あたたくなりかけの時期に溶けだして表面に浮上し、末端の皮膚を通して老廃物を体外へ排出しようとしている身体の反応といえる。

 この他にも浮腫みは、貧血、心肥大、肺水腫、血行不良、腰痛、頻尿、痛風・・と実にさまざまな病気の誘因となっている。また重篤な病気が進み、腹水や胸水がたまってニッチモサッチモいかない状況を考えれば、水分代謝が生命維持において、とても重大な役目を果たしているとわかるはずだ。

 

 1日に摂取する水分量には、ご飯に含まれる水分も、味噌汁も、果物や野菜から得た液体分も含まれる。となれば1日2リットルという目安(個人的には2リットルは多すぎると思っている)があったとして、実際に水分として取る量は、かなり少なくなると思う。

 適切な水分量は、何よりも体質という個体差が考慮されなければならない。また外界の気候や季節といった条件によっても変化する。汗をいっぱいかいて力仕事をする人、太陽の下で運動する若者、終日を室内でおとなしく過ごす老人によっても、1日に摂取する水分量は異なって当然だ。

 

 では自分はどの程度の水分量でいいのだろうか。

 これをチェックするには、舌を見てほしい。毎朝鏡を見る時に、力を入れずに舌を出す。ポテっとしているか?歯形が舌の縁(フチ)に付いていないだろうか?表面がビチャビチャではないか?もしそうであれば、水分量は多すぎる。舌の状態は日々変わる。自分の舌が浮腫んでいる時は、自分の内臓も浮腫んでいると思ってほしい。毎日チェックしていれば、なるほど歯形がない時はムクミの少ないのだなぁとわかってくる。

 寝起きのマブタは腫れていないか?も、簡単なチェック方法だ。

 また尿の出方にも注目してほしい。気持ちよく尿が出る日は、内臓が緩んでいて十分に働いている。尿量が減ってなんだか身体がすっきりしない時は、水分量を控えて内臓への負担を減らして様子をみるのも大事だ。あるいは利尿作用のあるコーヒーや紅茶、烏龍茶などを飲んでみるのも良い。そして下痢や軟便が続いている場合も水分過多を疑ってみる。このようなチェックを通して自分がとるべき水分量を考えてみてほしい。

 

 自然界は循環するという法則で動いている。

 私たちの身体も開放系ではなく循環系なのだ。

 薬でもサプリメントでもどんなに飲んでも余分なものは尿となって出るから大丈夫とか、エネルギーは高い方から低い方へと流れるからどんどん流せばいいといった、開放系ではない。私たちの身体は、体質という内部環境と季節や風土といった外部環境の影響を受けている。そしてこれらの環境がもたらす変化に細かに呼応しては循環する、そんな自然の道理に導かれているのである。

 

 自分の身体にあった巡りを自ら発見していく。こういったプロセスを通して、私たちは自己の内に自然の叡智を垣間みるのだ。

 

<おまけ:水の代謝を良くする食物と方法>

・玄米、小豆、黒豆、ハトムギ、カカオ、とうもろこし、大根おろし、ナス、スイカ、烏龍茶。あおさ・昆布といった海藻類。小豆、黒豆などの豆類の茹で汁や、とうもろこしのヒゲの煎じ汁もお茶としてオススメ。きゅうり、冬瓜といった瓜類も水の巡りを良くするが、冷え性の方は加熱したり、生姜や胡椒を使った料理を!

・牛乳は噛んで飲め?!と言われていた時代があった。水も噛んで飲むというのがオススメ。噛んで唾液とまぜてみると、内臓の消化力や水分の代謝はあがる。

・喉が渇いている時は、水を一気のみせずに氷をなめてゆっくりと乾きを和らげる。ただし、氷食症の人は不可。

 

(後記)

 夏が終わって熱中症の心配が少なくなったので、やっと水分量についての記事を書くことができました。真夏に「水分量を減らしてみては」と書くのは冒険すぎると思えたので。

 チマタで流行る健康法には、さまざまなものがあります。自分に合うのかどうかといった視点で、これらをイチイチ検証してみることはとても大事です。めぐる季節や体調に合わせつつ、自らの適切な水分量を探ってみて、日々微調整してみようと思ってもらえたら嬉しいです。

 水分がどんどん失われてカサついていく自分の肌を鏡で見ると、ついつい水分を多く摂らなきゃ!と思うこと多し。自分への自戒もこめて書いてみました。ちなみに肌の乾燥も浮腫みによって表皮への水分・血液・栄養が阻害されていることから起こることも多いです。水を飲む前に浮腫みをとった方がいいかもしれません。

 

 

見あげると秋の息づかい。自宅近くの林にて撮影。

 

津液については、こちらを参照

garaando.hatenablog.com