あの北海道の夏はどこへいってしまったのだろう。夕暮れになれば家の出入り口に水をまき、軒先におかれた椅子に祖父母がすわる。足元からは蚊取り線香の煙がのぼる。湿度がないからか蝉たちのミーンミーンという鳴き声の大合唱が透きとおるような高音に聞こえた。そして冷えたスイカにかぶりつく。数日の真夏日を惜しみつつ涼をとる。これで十分だった。短い夏は、たとえどんなに暑くても貴重だと思っていた、あの夏だ。
今年の夏の苦しさの原因は、気温が高いということより湿度にあるのだと思う。毎年ロサンジェルスから小樽にいらっしゃる方も、「北海道の夏はすっかり変わってしまった。ロスはもっと気温が高いけれど、乾燥しているから、こんなに暑くはない」とおっしゃっていた。私はコンクリートジャングルの東京での、サウナの中にいるような夏を経験してきたので、それでも夕方からは気温がさがる、ここ小樽は、まだまだ過ごしやすい。しかし暑さへの耐性が少ない道民にとっては、気温と湿度とのダブルパンチといえるだろう。
そんなわけで最近の患者さんたちとの話題といえば、暑さ対策についてだ。日々いろいろな方から話を聞く。小学校へ通うお子さんを持つ父母たちからは、小学校にクーラーがついたのはいいけど、冷え冷えの寒いほどの教室になっている。熱中症対策だそうだがどうだろう・・とか。またある方からは、あの○○スーパーへは半袖ではいけない。冷蔵庫の中のようで、従業員より魚を守っている・・とか。高齢で家にクーラーがない方は、テレビのテロップで”クーリングシェルターは○○図書館、〇〇会館”とあった。それってなに?と思って調べてみれば”指定暑熱非難施設”だという。年寄りには横文字がむずかしい。どうして日本語で表示できないのか・・とか。札幌の小学校にはクーラーがないところが多くて学校閉鎖になっている・・などナマの情報、満載だ。
このような話になるにつけ、いちいち考えてしまう。小学校の教室が寒すぎるのは特に問題だ。子供時代に汗腺を鍛えることは、免疫力のある身体をつくるために必要だ。私の治療経験でもアトピーやリウマチといった疾患では、汗がかけるように体質が変わっていくことが治っていくための目安となっている。汗がかける身体は、すなわち排毒できる身体なのだ。そして正常なる自律神経のためにも重要だ。屋外は暑すぎて室内は寒すぎる。この両極に”すぎる”が生む大きなギャップは、自律神経の働きを狂わせてしまう。また頭と顔からばかりに汗をかくとか、手の平と足の裏に汗をかくというのも自律神経の乱れだ。自律神経を正常に機能させるために必要な汗腺を鍛えるためには、夏はちょっと暑く冬はちょっと寒いくらいの温度設定が望ましい。
さらに皆さんはダイエットについて不思議に思ったことはないだろうか。肥満は病気ではないものの、心臓病や糖尿病といった多くの病気と関係していて、病院から体重の指導もなされている。今や食事制限によるカロリーコントロールと脂肪を燃焼させる運動が主なダイエット方法で、さらにオペによる脂肪吸引などもある。しかし水を飲んでも太る人もいる一方で、どんなに食べてもスリムな人もいる。確かに食べすぎによるカロリーオーバーで太っている人は、食事制限でスリムになるだろう。しかしこのカロリー制御では、すべての人に効果があるわけではなく、リバウンドもある。どんなに食べても太らないのも問題であるが、それほど食べていないのに太ってしまうことの原因にエネルギー不足があるのだ。つまり排毒するエネルギーの不足。固太りのようにしっかりとした肉づきに思えるものの老廃物も固まっているのだ。そして決まって体内に冷えがある。冷えが肥満の原因となっているともいえるだろう。
このことを踏まえると、汗をかいた後すぐに身体を冷やすのはオススメできない。汗が老廃物を出しきるまで待って、徐々におさまるのを待つのが良い。急激な変化ではなく自然な移行を。大汗をかいた後に、クーラーの効いた部屋で冷気に直接あたりキンキンに冷えた飲み物をながしこむ。このようにすると一気に身体が反応して汗をとめてしまう。こうして排毒できずにいる老廃物が身体に閉じ込められる。このような対処方法は、風邪をひいて発熱した場合にも当てはまる。すぐに解熱剤を飲んで熱を抑えてしまうよりも、ある程度であれば熱を出す。発熱は体内に侵入した細菌やウイルスに対する身体の防衛反応でもあるからだ。熱を出すことで身体がリセットされたり、すっきりと風邪が治る。東洋医学では身体の反応として出ているものは止めないのだ。
肉体労働をしている人たちは急激に身体を冷やさないという。夏になり始めた頃、彼らはその気温の変化についていくのに、かなり疲れるそうだ。そこを乗り切って身体の毛穴が開くのを感じたら夏の身体になったと体感できる。すると、その後の暑さは大丈夫になるという。気候変動に適切に対処して変化する身体を意識できるようになったからこそ、厳しい環境下での仕事をこなせるほどの頑強な身体をつくることができるのだろう。
暑いから冷やすといった対処療法だけではなく、自律神経の正常な働きをまもり、汗がかける身体を作るための、そんな適切な対処方法をも学んでほしいと思う。
(後記)
暑い夏の夕暮れ時に、老夫婦がベランダに座って景色をただ眺めている。あるいは軒先に置かれた大きめの椅子に、でっぷりと太った老人たちがゆったりと座って涼んでいる。こんな光景を私が訪れた国々の田舎町で何度も目にしました。どこの国であっても夕涼みの定番なのでしょう。今、この光景を私のまわりではあまり見なくなったような気がします。
今や、気候変動が激しい時代です。生態系もこわれつづけ、熊をはじめとする動物たちによる様々な被害が恐ろしくなってきました。先日、参院選の選挙が終わりましたが、山火事や水害といった自然災害に対する取組み、あるいは生態系に配慮した環境問題を訴える候補者が少なかった気がします。山積みの問題の中で、気候・環境問題は最重要課題のひとつだと思います。もうこんなに壊れてしまった世界に対して今さら何もできない。そう思ってあきらめかけてしまいがちです。しかし、コロナ禍の緊急事態宣言で世界がシンと静まりかえった、あのたった1か月で大気汚染は大幅に減少しました。たとえ一時的であったとしても。何もかにももう手遅れと私自身も思いがちではありますが、それでも身体のなりたちのことを、我々をとりまく自然環境のことを、おしきせの知識だけではなく、疑いと実験を持って皆さんと一緒に学んでいきたいと思っています。身近なところから。そう、まず自分の身体から、そして自分をとりまく自然との関係から、日々の過ごし方を考えていきたいです。暑い夏、どうかご自愛ください。
小樽にて撮影
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