“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

雑考4 養生について

東洋医学の時代は来るのだろうか?

前回のブログを書いていたら、東洋医学って本当にすばらしいなぁと思えてきた。そしてその真髄は一般のみなさまに浸透しているのだろうかと考えこんでしまった。

 

私が鍼灸学校へ通っていた頃はバブルの絶頂期。「これからは東洋医学の時代だよ」と、ブランド物のスーツに身を包んだ友人たちは、こぞって私を励ましてくれた。「へぇ〜、そうなの?」と私は特別の思いれもなく聞いていたが、あれから時が流れること、ユウに30年。雑誌などにエネルギー治療とか量子力学といった新しい医療の形が紹介されているものの、東洋医学の時代ってのは、はたしてやってきたのだろうか。いや、やってくるのだろうか。

どうなの?来たの?来るの?来ているの?

というわけで今回は、

東洋医学の特筆すべき方法論である「養生」をとりあげて、

なぜに東洋医学の時代は、やってこないのか?!という視点にたって、私は考えてみることにした。(注:来ているのかもしれません。)

 

東洋医学は、病気の予防から治療までを網羅する統合されたシステム体系を提案している。

予防法としては、気功や太極拳といった気を練る鍛錬や按摩などの、体感型の健康増進法や生活習慣に関しての教えがあり、一般には「養生」といわれる。

これからの医療において、この養生なるものは重要な位置をしめるはずだ。なぜなら、あまりに病気の種類が増え、さらに難治のものも多い。ならば病にならないようにするというアプローチこそ、もっとも効果的になるだろう。<注:東洋医学では「未病(みびょう:いまだ病として発症していないが進行する可能性があるもの)」を防ぐという考え方がある>

未病を防ぐのなら、やっぱり養生でしょ!

種々の養生法に脚光があたれば、東洋医学の時代はやってくる?のかもしれない。

 

ところが!この養生なるもの、現代において実はとても難しい。

なぜなら養生は、時を纏(まと)いながら熟成させていくものだから。

時短を求める現代の生活とは相入れないことが多い。

結果はすぐに欲しい。スローライフとやらが叫ばれているものの、やっぱりクイック!クイック!

またコスパと呼ばれる費用対効果を重要視する時代だ。

成果があがるのかどうかわからないものに、エネルギーを注ぐことはマッコト難しくなってしまった。

 

その上、養生の基本軸は「中庸」。

「過剰であり続ける」がごとくの時代の中での中庸とは、これいかに?!

心臓病や糖尿病、ガンといった病いは、過剰であり続けた結果とも言える。体力があることが是とされ、それをセーブすることの方が難しいのだ。

 

さらに極めつけがある。

養生は、食事や運動や嗜好といった生活習慣に関わっている。

トドのつまり養生とは、その人の人生観や世界観の表れなのだ。

他人がそこに踏み込むことは、いってみれば余計なお世話。

「そこまで健康になることに興味がないから放っておいて」という気持ちもわからなくもない。

「養生のヒント」の著者で自らの健康法を提唱している五木寛之氏からは、独自の哲学を感じるし、江戸時代に「養生訓」を記した貝原益見も哲学者であった。

普段からの問題意識の高さが、自己への洞察となって生活を見直す力となる。

つまり、生き方イコール養生なのだ。

しかし、痛みが取れないと訴える患者さんに、あなたは人生をどうとらえているのかと聞いたなら、彼は2度と私の治療所にはやってはこないだろう。

困っている症状と生活習慣とがどれほど密接に繋がっているかを理解できる人は、そう多くない。

 

このように考えてみれば、

養生というものが、手を伸ばせばすぐに届きそうでいて、実は大変むずかしいのだと理解できる。

 

養生ということ自体、時代にもまったく合っていないでしょ。

ダメだわ!東洋医学が誇る教え、養生・・。

 

がっくりしながらも、さらに掘り下げて考えてみる。

私は人々が待つことができないほどに忍耐力が低下したのかと思った。

ところが私の患者さんたちを観察していると、TVなどで1日8000歩ほど歩くのが健康の秘訣との情報をキャッチしたなら、

雨の日も風の日も、病める時も健やかなる時も実行していらっしゃる。忍耐力や持続力がないわけでもない。

運動ということに関していえば、スクワットなどの筋トレや水泳などを、生活のルーティンに組み込むことができた方は、それらを永久運動のように続けることができる。それどころか、一時的であっても中断させることの方が難しくなる。

 

では何が養生を続けるうえで足りないのだろうか。

それは自信かもしれない。

ほおっておけば自分の身体は、自然に快方へ向かってくれるという信頼。

頭痛がしても、足が冷えていれば足を温める。すると上部へと集中していた 気 が下がって頭痛が取れるという経験があれば、すぐに薬に頼らない。

下痢をしても、下痢自体が悪いものを出すという治療なのだから、出つくすのを待つことができる。

咳が止まらない場合にも思いつくケアができるはずだ。薬が効かないと嘆く前に。

水分のとりすぎではないか?(湿があって気道が浮腫んでいる場合)

腕や肩が凝っていないか?(凝りがあると咳を出して解消しようとする身体の反応があり、慢性的に腕を酷使する人は咳が止まらないことが多い。凝りを緩めたり汗をかいたりすることによって改善できる)

食べ過ぎではないだろうか?(食べ過ぎによって胃に熱がある場合で、さらにアルコールなどの飲み過ぎによって湿も発生し、食道や気道が浮腫む。そこに胃からの熱が上がってきて咳となる場合)

こういう個別の原因を無視して咳止めの薬を使っても、効果は思うようにはあがらないのだ。そして不安になる。何か悪い病気なのではないか。薬を使ってもこんなに治らないのは、なぜ?と。

 

このように自分の身体を信頼することができなくなったのには、紙オムツが関係しているとする説がある。

紙オムツがなかった時代、

赤ちゃんは、気持ちが悪い→泣いて訴える→誰かがオムツ交換をしてくれる→心地よし!といった流れを体感する。不快から快へと向かうプロセスを。これは、たとえ気持ち悪くても、そのうちに心地良くなるということを味わうのだ。こうして不快への耐性は強くなる。

この経験がないと、不快イコールすぐに取り除くべきものとなってしまう。

 

では体感をともなって身体への信頼を築いていくためにはどうしたら良いのだろうか。

友人の鍼灸師は、「小学校の保健室のおばさんを鍼灸師やマッサージ師にするといい」と言った。

お腹を温めるお灸やマッサージ、あるいは精油の香りを使った療術などを通して、具合が悪い子供に、自らの身体の変化を感じてもらいながら安心させることができる。こうして子供は、身体は治っていくんだという信頼を獲得できる。

 

どうだろう?

こういうところから改革しないと、

東洋医学の時代はやってはこないし、

養生の真髄を伝えていくのは難しいのではないだろうか。

 

(後記)

東洋医学の時代は、来ても来なくてもいいじゃん。流行りモノでもないしね・・。などと思っていました。

今も同じ気持ちなのですが、やっぱりこの素晴らしすぎる医療が埋もれている、あるいは正しく理解されないことは、もったいないなぁと感じはじめています。

 

そして私が治療をしていてぶつかる大きな壁は、この養生に関するものなのだと気がついたのです。この件については、また別記事で書きたいと思います。

 

それにしても、とっても大事な養生。

この養生って言葉は、なんだか時流にのってないのではないの?!

マインドフルネスなんちゃらとか・・、

グレートリセットとかいった言葉のような、そんなイマドキの言葉がないでしょうか?

 

ライフフルフィルメソッドとかに呼び名を変えて、

「ああ、フルフィルね、フルフィル!」とかってコンセンサスを得るのはどうか?などと考えてしまいました。

何かオススメ用語あったら、お知らせくださいね。

 

世界最高水準の医療体制を誇るキューバハバナの街角にて撮影。

キューバの医療は、最先端の西洋医学と薬草やエネルギー医療などの代替医療とのマッチングで世界最高峰の医療として認められている。予防医学の知識に精通したファミリードクターが国土全域の地域医療を担当し、理想の医療体制を備えている。)

東洋医学概論7 中医学と東洋医学

漢字は、モノの形をまねて作られた象形文字だという。

「中」という文字は、放たれた矢が当たるべき的(マト)をかたどって生まれた。真ん中を射抜くためのマトを表す。訓読みでは「アたる」と発音する。(注:旗竿の吹流しを描いた象形文字という説が主流)

10年ほど前、世界的に有名な鍼の先生が来日し、私はそのセミナーに参加した。頭に鍼をすることによって、脳血管障害や脊髄損傷に伴う麻痺が劇的に改善されるという頭皮鍼を学ぶためだ。このセミナーの冒頭に先生がおっしゃった言葉に、私はビックリした。

中医学」の意味は、「中」という漢字の形からもわかるように、ど真ん中の医学という意味。中国の医学ということではないアルよ・・。

中国が中国という国名になったのは1900年代半ばで、それ以前は清だったりするわけで。。

つまり、中医学の本当の意味は、アタリの医学、医学の王道!ってことだ・・。

このような事をおっしゃった。

今まで中医学といえば、てっきり中国の医学という意味だと思っていた。またどの本を見ても「中国の伝統医学を中医学と呼ぶ」と書いてあったはずだ。ま、諸説あるのだろうと思いつつも私の記憶に残った話だった。

 

そのアタリの医学?!とも言われる中医学。この発展の歴史をふまえつつ、今回は東洋医学の全体像をお伝えしたい。

 

ひとくちに東洋医学といっても、広い意味(広義)と狭い意味(狭義)がある。

広義には、トルコ以東のアジア諸国で発達した医療システム全般をいい、中国伝統医学(中医学)やインドのアーユルヴェーダパキスタンのユナニ医学など多様な伝統医学が含まれる。

狭義では、中国の自然哲学である陰陽五行論、これを基軸に展開された医療体系をさす。つまり、中医学を筆頭に、中国から伝わって独自に展開された韓国の韓医学、そして日本の漢方といった東アジアの伝統医学をいう。

(注:日本で独自に発展した医学を漢方という。漢方というと薬を連想するが、16世紀半ばにオランダ医学が伝わって、日本の医学を漢方、西洋医学を蘭方と呼んだ。日本では3世紀頃から朝鮮半島の医術が、7世紀頃から中国大陸の医学が伝わっていたとされる。それらが16世紀頃から日本固有の形で発展。この伝承医学が明治時代までは日本の医療の主流であった。)

一般に西洋医学との対比として東洋医学という場合、中国伝統医学である中医学を中心とした狭義の意味合いで使われる。

さて、世界中のさまざまな伝統医学の中でも、理論的な体系が備わっているとされる中医学

それは数千年の歴史の中で、どんな発達をとげたのだろうか。

中国には約2400年前にできた世界最古の医学書がある。中国全土にわたる医術をまとめた「黄帝内経コウテイダイケイ)」と呼ばれるものだ。これには人体の生理、解剖、病理といった基礎医学をはじめ、中国各地に広がっていた医術(養生や鍼灸)についても書かれている。

これらの医術は、その風土や気候、食生活といった固有の環境のもとで発達していった。

東方は、海岸に面しており、海の幸に恵まれた食文化となる。治療は砭石(ヘンセキ)と呼ばれる石の鍼を使う医術が発達した。現在のカッサ療法(牛のツノからできたプレートを用いて人体をマッサージする方法)のルーツでもある。

西方は、漢方の材料が採取しやすい高原や丘陵地域があり、薬物療法が発展した。

高温多湿である南方では、熱や湿度を散らし、痙攣などを鎮める鍼治療が盛んになる。

寒冷地が多い北方では、身体を温めるお灸が発達した。

中央では、大地が広がり人々は粗食で労働しないため、導引按蹻(ドウインアンキョウ)とよばれる養生法が盛んとなる。これは気功や按摩などをいう。

      中国の地域における医術の発達と背景

 

こうして中医学は、鍼や灸を使う物理療法、漢方薬薬物療法、そして養生(運動療法を含む)が組み合わさった体系を作りあげたのだ。

 

鍼灸漢方薬と気功やあん摩といった方法で、

病いが目にみえる形となる前から、全方位で健康を支える。

 

不断に変わりゆく生命体を、

時に応じて種々の術(すべ)を使いわけ、

左右に揺れる振り子が健康の閾値を超えないようにと、収める。

あるいは左右どちらかに振り切れないようにと、中庸を求める。

 

この全体をみすえた骨組みは、確かにアタリなのかもしれない。

 

(後記)

このところ、ウクライナの歴史をちょっと勉強しています。そんな中で、私にも理解しやすい地政学についての本に出会いました。「13歳からの地政学」(田中孝幸著、東洋経済新報社)です。

この本を見ていたら、なんだか頭から地図が離れません。そして私も地図を書いちゃいました。

ああ!それにしても、知らないことだらけです。

そして歴史って、物事を理解するうえで、つくづく大事なんだなぁっと思っています。

このような流れをうけて、中医学の歴史を題材にしました。

 

本来ならばもっと前に説明すべき東洋医学の概説です。

中医学東洋医学

ブログ記事でもこの用語の使い分けの説明ができておらず、いつも気になっていました。

書きおえて、ちょっとだけホッとしています。

 

 

1986年の中国。山西省の九龍壁。名所の真ん中で、お漏らしして泣いてる子を撮影

身体感覚を開く3  身体と街づくり

治療家の私は、患者さん達の気づきにハッとさせられることがある。

今回は、ずっと心に残っている会話のひとつを取りあげてみたい。

彼女は、建物の保存や街づくりといった多岐にわたる活動の先駆的なリーダーで、私の治療を受けていただいてから、かれこれ5年が経つ。超多忙な彼女が必ず予約してくれるので、どうしてこんなに通ってくれるのか?と尋ねたことがある。

彼女は答えた。

「私にとって身体づくりは街づくりなんだよね」と。

「身体を知ると街が見えてくる。ここに中心部があって、広場があって、風が通って、人々はこっちに流れて・・。身体で実感したことを街に見たてて、なるほどなるほどと思う」。

また私は、施術における彼女の反応の仕方を面白く感じていた。

鍼の刺激を感じて、「おっと、そうきたか!」と嬉しそうに笑う。

そこには「なんでそこが痛いのか?」といった分析もなければ、「そんなハズはない」という否定をはさむ余地がない。

「おお!そうなのか!そこを酷使していたのか!」とか「そこに通じていたのか!」といった気づきはあったとしても。

自分の認識が裏切られ、予想外の反応を楽しんでいるかのように見える。

そこにあるのは、「なるほど、なるほど」「そうか、そうか」としか表わしようのない体感の、徹底的に肯定する受け入れ体制だ。

「自らの身体の声を聴く」あるいは「身体との対話」というのは、体感というリアリティを伴って初めてなされるのだと、私は改めて思った。

 

「身体づくりは街づくり!」という彼女の言葉から、私も身体を街に見たててみる。

臓器にあたる部分は、さしずめ役所や行政といった街のメインとなる建物かと思う。そこは大通りに面していて人々の往来は多い。臓器と臓器との間の空間には、公園や脇道がある。そこで人々は集ったり、歩いたり・・。さらに郊外へいくには、手足の末端方向へと向かう。私は、ザックリこんなイメージを抱いた。

ところが彼女の体感では、街のメインとなるのは、臓器ではなく、腸か膀胱か子宮といった下腹部にあるという。

たぶん彼女は感覚で丹田(たんでん)をとらえているのだと、私は思った。

臍(ヘソ)下3寸にあり、人体のエネルギーの中心とされている丹田を。

きっと彼女は、ここから街づくりをはじめるのだろう。

(注:このように彼女の感覚を「丹田」という概念で表現してしまうことに抵抗があります。概念が身体感覚を規制してしまう。もっと言えば、せっかくの感覚を頭に繋げて別物にしてしまう。このことは避けたいです。ただ今回は説明する必要に迫られて、「丹田」という文字を使うことにしました。ご理解ください。)

 

さてここで、東洋医学経絡ツボというものを思い出してほしい。気の通り道とされる経絡は線路に、気の出入り口とされるツボは駅に例えて説明されることが多い。

ここでは線路をさらに道路に、駅をバス停に置きかえてみれば、身体の中に“ 街 ”の地図ができてくる。人体を流れるエネルギーである気。街においては、その気の役目を多くの人間達が担う。あたかも経絡というルートに気が通るように、道の上に人々の流れができるのだ。道路を行き交いながら、あるいは広場にタムロしつつ・・。こうして多くの人々が街のインフラに息吹きを与え、生命体としての街が生まれていく。

 

さらに街を眺めてみると、住宅街もあれば繁華街もあり、公園や観光名所もある。どこであっても昼間と夜とでは、その佇まいはずいぶんと違っている。街には実に多様な顔があるのだ。

また旅をしてみて気づいたのだが、お国が違えど街には共通点が多い。

山の手の住宅街は安全だが、港湾部は何やら危険な香りがする。

街中であっても1本通りを隔てただけで突然危険な地域になることも多い。

「あそこへは近づくな、こっからこっちは安全だ」と教えられたことは何度もある。

大きな都市には必ず中華街はあるし、コリアンタウンやアジアンタウンは密集している。

どうやら、かなり棲み分けができている。

もし身体と街がリンクしているとすれば、身体も適度に棲み分けをしていると考えてもいいのではないだろうか。

 

グレイゾーンをグレイゾーンとして容認する緩さが、かえって街の安全を高めることもある。

多少悪さしていたとしても、わざわざヤクザ屋さんの土地に飛びこんで大事に至ることこそ避けたい。

この視点を身体に当てはめてみるなら、徹底的に検査して病気の芽があれば早いうちに摘んでおくということも、よいとばかりはいえないだろう。多少気になる所があってもそっとしておく。これが身体に平和をもたらすことも多いのかもしれない。

 

身体から街を連想できる彼女のように、

自らの身体感覚を日頃から磨いておくと、

そこからしか見えてこない世界の広がりに気づくことができる。

 

人体の中心は心臓でも、ましてや頭脳でもない。

丹田をとらえた彼女の言ったこの言葉が、あらためて響いてくるのだ。

 

もしあなたが自らの身体をモチーフに街をつくるとしたら、

あるいはあなたの身体に内包された街があるとしたら、

それはどんな街なのだろうか。

 

(後記)

今回は、身体感覚について書きました。

以前に患者さんから、治療で感じた感覚について聞かれました。「このように感じたのですが、正しいですか?」と。

残念ながら、正解はないです。そしてなんと!なんでもアリです。

ぜひ、自分の感覚を自由に解き放ってみてくださいね。あ、無理にすることもありませんが。

 

身体は、

自分を入れる鞄であり、家であり、街であり、故郷であり、自然であり、宇宙であり、

自らの内に無限に広がる空間であり、しかも唯一無二のもの。

私は、これを知りたくて、そして体験してほしくて、治療しているのかもしれません。

 

いまだ終わらぬ戦争で、街が壊され、故郷が瓦礫に埋もれる映像からは、自らの身体が、心が、存在が傷つけられるような、強烈な痛みや絶望が伝わってきます。

こういう状況に対して、なすすべがないことが残念でたまりません。

この事が頭から離れぬまま、書いてみました。

 

 

トルコ、イスタンブールにてブルーモスクとバザールを撮影
(文中に登場する患者さんの了承を得て掲載)

 

雑考3 死に至る5つの段階(エリザベス・キューブラー・ロス) 

こんな世界になろうとは、夢にも思わなかった。

コロナウイルス、戦争、原発占拠、地震。。

次々に押しよせる現実が強烈すぎて、私の想像力が追いつかない。まるでディストピア小説のただ中に投げ込まれてしまった感じだ。悪い冗談であってほしい。

そのうえ、さまざまな情報(しかも真っ向反対の!)が飛びかう。ある情報だけを拠り所にできる人たちを羨ましくさえ思いつつ、彼らの心理も知りたいと思うから、ついつい追ってしまう。たぶん今ネット上で起こっていることは、人間の最も深い部分に触れることなのだ。情報を追えば追うほどに私はリアリティを失って、行き場のない諦めに似た空気に包まれる。漠然とした恐怖に煽られつつも、自分のどこかが麻痺したままで日々が過ぎている。

 

ふと先日、死に至るであろう病や難病を宣告された人たちは、この感じを味わっていたのだろうと思った。突然災難のような病(この表現に語弊があるけれども)が降りそそぎ、実感のないままに生活の変化を強いられるのだから。さらに治療法についての様々な情報を前に、何を信じ、どんな手段を選ぶべきかと途方にくれる場合も多い。

 

それまで意識すらしていなかった自分の土台。それが根底から覆されるような出来事が起こった時、人はどんな心理になるのだろうか。

 

今回は、ホスピス医療の草分けでもある精神科医エリザベス・キューブラー・ロスが「死ぬ瞬間」という著書の中で唱えた「死に至る5つの段階」を取りあげて、

死にゆく者の心理を、

さらには災害や事故などで経験する「喪失(最愛の人や故郷などの)」の際の心理を、

考えてみたい。

 

エリザベス・キューブラー・ロス女史。彼女の人生はホトホト壮絶だった(ご興味ある方は、彼女の自伝「人生は廻る輪のように」<角川書店、文庫もあり>を参照)。その彼女が、波乱に満ちた人生を送るなかで、200人もの末期患者のカウンセリングをしながら「死に至るまでの5段階」という心理プロセスを説いた。

 

その5つの段階とは、以下の通り。

 

第1段階:否認  何かの間違いだ。そんなはずはない。

初めて重い病名を告げられた時、あるいは余命を宣告された時などに代表される反応。ショックに対する防衛本能でもある。

また衝撃的なニュースを聞いた場合にも最初に起こる反応だ。

社会心理学災害心理学でも使われる用語の「正常性バイアス」。これが働くのもこの段階。

(注:正常性バイアスとは、どんな危険な状況であっても自分だけは大丈夫と思い込む脳の反応のこと。例えば「コロナが流行っていても自分はかからない」、「コロナは本当は存在しない」と思い込んで現実逃避をする。または「ワクチンを打ったからコロナには感染しない」という間違った情報にすりかえたり、都合の悪い情報はシャットアウトする。生きていく上でのストレスをある程度減らすために正常性バイアスは必要でもあるが、かえって命を危険にさらすことにもなる。)

 

第2段階:怒り  どうして自分だけがこんな目にあうのだ。ほっといてくれ。

現実が本当かもしれないと思いはじめた時からはじまる反応。

こみあげる怒りが外(他者や社会)へと向かい、孤立しはじめる。

 

第3段階:取引  どうか神様・仏様、いい子にするから私を助けて。

否認や怒りの段階を経て、どうにか救われたいと願い、改善に向けて努力する段階。

生活習慣を改めつつ、神や仏に奇跡を求める。

 

第4段階:抑鬱  もうどんなに頑張っても無駄。

神や仏との取引にも敗れ、絶望に支配される段階。自分自身の無力を痛感する。

 

第5段階:受容  死は誰にでも訪れる自然なもの。すべては流れのままに。

苦しみながらも現実や現状を見つめて、死を受け入れはじめる段階。

混乱したり孤立感をつのらせたりしながらも、今までの価値観とは異なる次元で世界を見つめはじめる。奇跡的な治癒は、この段階で起こるとされている。

 

上記は本人の場合であるが、家族の場合も同じ。

例:否認(母がそんな病気になるなんて嘘だ)

  怒り(あんな優しい母なのに何故?)

  取引(私のすべてを捧げるから、母を救って)

  抑鬱(八方塞がり。もうだめだ)

  受容(より深いレベルで母への感謝が溢れでる)

 

この5つのプロセスは、順を追って進むのではなく、いきつ戻りつとなる。

つまり怒りから否認へ、否認から取引へ、取引から怒りへといったプロセスにもなる。

また受容の段階のようでありながら、実は取引していることもある。

最後の受容に至るためには、すべての段階を経験しなくてはならないと著者はいう。どこかの段階をスルーすることはできない。

 

また、それぞれの段階をどれだけ深く経験するかが重要となる。

この深さに応じて、最終的に至るであろう受容の大きさが決まるのだから。

それは反抗期にさんざん暴れた青年が真っ当な大人になる。こういった場合に似ているのかもしれない。

 

さてこの深い経験ということを、否認の段階を例にとって具体的に考えてみたい。

ひとつの病院での診断が信じられずにセカンドオピニオンを求める場合がある。最初の診断を早々に受け入れる人(否認と抑鬱が一緒になって行動力がなくなり、はやく現実が変わることを望む)もいれば、セカンドやサードのオピニオンを取りに行く人もいる(否認しながらも、現実をみきわめようとする)。

同じ否認の段階であっても、受けとめる程度に応じて、反応の仕方は人によって違う。

 

そして自分の無力を骨の髄まで痛感した時に、さまざまな執着を手放すことができるのだと思う。

「手放す」ーいや、この言葉には、まだ自我がある。

自分丸ごと差し出すことができるほどの無我の状態へと移行し、自然の法則に身を委ねることができる、こう表現するのが適当かもしれない。

「手放す」のではなく「委ねる」。

 

こうして人は自分の死を受け入れていくのだろう。

 

さて、この5段階モデルは病気のみならず、災害や事故などで経験する「喪失(最愛の人や故郷などの)」についての心理状態にも当てはまる。

その衝撃の度合いに応じて、このプロセスを経るには何十年もの時間がかかることもあるし、どこかの段階で止まっていることもある。

 

また奇跡や受容を求めてこの5段階を理解するのではない。

観察の結果、人は自然にこれらの段階を経るとわかったのだ。

ただこういう心理プロセスの知識があれば、衝撃的なニュースに直面した時に自分の反応を俯瞰して眺められる。また援助職であればクライアントの心理を理解する助けにもなる。

 

今、疫病や戦争が始まってしまった我らの、この世界。ここには、いろいろな立ち位置の人たちがいて、思惑もそれぞれにあって、おのおのに心理段階があって、フェイクニュースも散りばめられている。

この状況の中で、最後に至るという心理プロセスの受容とは、私にとって何なのだろう。

 

そう漠然と思っていた時だった。

難民になった大勢の人々が集まる駅で、ピアノを弾く男性の映像を見たのは。

また戦地に残った男性たちが楽器を持ち出して道端で演奏している映像も。

流れてきた音の方へ周りの人々がふりかえり、話をやめ手をとめて聞きいりはじめる。

ざわついた空気が静謐へと変わりだし、人々の表情にも深さと落ち着きが増す。

その場のフェーズが、すっかり変わった。

誰しもが持っているであろう痛みのようなものが、神聖さに満たされるごとくに。

そして私の中で、何かが解けた。

 

傷ついた人々のために、生きとし生けるもののために、祈ることしかできない。

 

 

(後記)

最近は、あまりに無残な社会情勢の中でブログなんて書けないなぁってずっと思っていました。

原爆がどこかに落ちたら、東洋医学も何もあったもんじゃないでしょって。

なんか人間が残念すぎる・・って。

 

一人になるとボヤいていました。

(いつだって酷い紛争はあるのだけれども・・)

こんな形の戦争が今の時代に起こるなんてウソでしょ!って。

私たちは過去から何ひとつ学んでいなかったんだ!という怒りもあり。

人間のサガとかゴウとか、カルマとか言われるように、人間はホトホトどうしようもないという諦めにぐったりし、

コロナだけで手一杯ですから、どうか戦争を終わらせてくださいって取引もして。。

あれ、これ5段階の流れをふんでるって気づいてしまったのです。

 

そして「祈り」について、改めて思うことがありました。

 

今回は、めげつつも自分の中のリアリティーを大事にして、頑張って書いてみました。

 

 

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南米、チリのチロエ島にある世界遺産の教会にて撮影

 

繋がりあう世界3 間(マ)

人生は出会いに満ちている。

昨年私は1冊の本と出会った。タイトルは「紛争地の看護師」、作者は白川優子さん。

彼女は7歳の頃に見たテレビ番組で「国境なき医師団」の存在を知り、その医師達に憧れのような気持ちを抱いたという。中学・高校時代の彼女は、なりたい職業を意識することなく過ごした。就職活動の際に進路を決めかねていたが、友人が発した言葉ー「看護師になりたい」ーによって、自分の求めていた職業がやっとわかったそうだ。「私も!私も看護師になりたい!」と。この本は、紆余曲折を経て、ついに国境なき医師団で働くこととなった彼女の活動記録である。

 

一気に読み終わって、私はふうぅと脱力した。

降り立つことを想像しただけで竦(すく)みあがるような、そんな紛争地が地球上に点々とある。つき動かされる衝動で働いている人たちが世界中にいる。娘の夢を知った上で、その背中を押す母がいる。何より白川優子さんという、輝く玉のようなエネルギーを持った若い女性がいる。

この本を読み終えてしばらくの間、私は圧倒されていた。

圧巻の内容もさることながら、その後も私はこの本の中に記された何かについても考えさせられていた。

 

私が気になっていたこと、それは彼女が国境なき医師団に入るまでの道のりだった。

高校を卒業して看護師を目指すには、準備不足だったそうだ。しかし自宅の近くに新設の看護学校ができていると知る。そこは、半日を指定の医療機関で勤務するのが条件の、4年間の定時制学校だった。彼女はここに入学することができ、卒業と同時に看護師資格を得る。その後、近所の医療施設に就職し「手術室看護師」の経験を積む。これは緊急事態を冷静かつ臨機応変に判断しつつ、チームプレーが求められる職人仕事だという。

こうして看護師としての経験をつんだのちに、国境なき医師団へ入るためには英語が必須だという難問にぶち当たる。「英語力ゼロの26歳の日本人が英語で医療活動を行うことなどできるわけがない」と。その時、母が留学を勧めて、こう言ったー「しっかり準備して人生のピークを40歳あたりに見なさい」。彼女は、留学資金を貯めるために近所で最も給料の高い産婦人科で3年働く。こうしてオーストラリアの大学の看護科へ。大学卒業後にはオーストラリアの病院に3年半勤務した。そしてついに36歳で国境なき医師団のメンバーとなった。

 

この彼女の歩んだ道のりをどう捉(とら)えたらいいのだろう。

意志あるところに道は開けるということもできる。求めよさらば与えられんと。

またこういう特別な人には、必要なモノが準備されていると思うこともできる。

さまざまな幸運を彼女が引き寄せたとも言えるかもしれない。

ただ私は、彼女が子供の頃からずっと看護師を目指し続けていたわけではなかったこと、国境なき医師団に入るために必須の英語を勉強していなかったこと、看護学校や勤めた病院もたまたま近所だったことなどが気になった。

明確な目標をたてて、そこから用意周到に計画を立てたわけではない。

ひとつの課題をクリアする毎に立ち上がってくる問題を、今ある手持ちの手段を使ってコツコツと積みあげて努力していく。

努力するごとに、自分の夢の輪郭がハッキリしていったのではないだろうか。

白川さんの行動様式は、回り道に見えるかもしれないとも思う。しかし、一見遠回りに思えるようなことはすべて、彼女の夢を実現する際に必要なことだった。オペ室の看護経験も産婦人科での勤務も、命に関わる根本の医療行為である。

歩いてきた道を振り返って初めて、必要な経験を経てきたことに気づく。

手近にあったものをつかみながら前進するうちに、偶然性や幸運も舞いこんで、必要なモノやコトが準備されていく。

さらにその流れに乗って、ますます自分の意図は明確になっていく。

状況が自分をも巻き込みながら、道なき道が自然に現れてくる。

自分をとりまく状況が自らの進むべき道を示す。

このありようは、生命体の営みの基本となっているようにも感じる。

自分をとりまく状況とは、自分とその周りとの関係性だ。つまり、あらゆるモノやコトあるいはヒトそして自然ーそれらと自分とを結ぶ関係性であり、その両者を繋ぐ間(マ)のことである。

実は自分が主体なのではない、関係性こそ、間(マ)こそ主体。 

 

目的を達成するために逆算して計画を練る。この縦軸に沿ったエレベーター型の手法は、生命体においてあまり意味がないのではないかと、私はこっそり思ってきた。

水面に投げた石がつくる、同心円で水平軸に広がる輪のように、ひとつの些細な行為であったとしても、その影響は波紋となって広がる。水平軸のみならず全方位に渡って、隣接する細胞たちに放射線状に影響が及ぶのだ。細胞同士が出会っては互いに干渉しあい影響を受け合って、さらに大きさの違う円心の波紋が広がる。このように多重的に変化を遂げる中で、ひとつの細胞の動きが定められていくのだとしたら、数値目標を決めて計画を立てるという行為には、どれほどの成果があるのだろう。

たとえばダイエット。〇〇kg減だけを目標にして計画を立てる。その目的は達成されたとしても、リバウンドしやすい。一方、自分にあった食事療法などをして体調も改善され、いつの間にか体重が落ちてしまい、適正体重が結果としてダイエットとなった場合のリバンドは、極めて少ない。

また便秘を治したいという相談もよく受ける。便秘というのは結果であって、取り組むべきは消化機能の改善なのだ。便秘薬が手軽に用いられるが、ただ便秘しないのと消化に係る臓器が正常に働いた結果、便秘という症状があらわれないというのには違いがある。

さらにオペによって切除され再生されることがないと思われた器官が、隣あった細胞たちのふるまいによって、結果として機能が修復されていく。これはジグゾーパズルの1ピースが欠けた場合にも、周りのピースに型どられることによって再生されていくようなイメージがある。周りとの関係性によって失われたはずの1ピースは復元するのだ。

 

生命体を貫く自然法則は、自分たちの人生の流れ方にも共通するのだと思う。

 

新たな出来事と出会う。

それが人であれ、モノであれ、本や映画であれ、風景であれ、食べ物であれ、誰かの一言であったとしても、

これが一石となって、何の変哲もないように思える日常の中に波紋を呼ぶ。

こうして眠っていたであろう可能性が呼び起こされるのだ。

 

自分をとりまくさまざまな事象との関係性。その関係性を結びあう間(マ)の世界を考えてみると、出会いというものの持つ力の大きさが理解できる。

 

私たちは、

そして私たちの身体は、

さまざまな関係性が繋がりあった世界の中で、生かされている。

 

(注:白川さんが綿密に計画をたてて行動なさったことも多いと想像します。私の勝手な解釈をもとに、一部だけを取り上げてブログ記事を書きました。ご当人への確認も許可もなく。どうかご容赦ください。)

 

(後記)

今回のテーマは、私が治療家になってから気になりだした、フランスの哲学者メルロ=ポンティが提唱していることに関係しています。主観と客観という二項対立を超えた概念として間主観(カンシュカン)性があると彼は言います。

この間主観性とは具体的にどういうことを指すのだろうかと思いつつ、皆様のお身体を診せていただいてきました。身体が根本的に癒えていくということについてのヒントがあるように思えたのです。とりわけ難治の病いが回復していく過程には、この間(マ)の力学が働いているように思えてなりません。

これは何も東洋医学だけの話ではありません。

病院に行くと、いつからかお薬手帳なるものが渡されるようになりました。それぞれ別個の部門で出された薬どうしが全体として悪影響を与えないだろうかと検討するために。

これもそれぞれの関係性を考慮する医療の形かと思います。

関係性をぬきに何事も進まないのだと思っています。そしてここからコミュニケーションの重要性が見えてくるのだと。

現象学の流れをくむメルロ=ポンティ。彼のいう何だか難しい様々な事を、私の経験と引き寄せて、噛み砕いて自分自身が理解できるように、これからも学んでいきたいと思っています。

 

 

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カリブ海の島バルバドス、ブリッジタウンにて撮影 

間(マ)についてはこちらも!

garaando.hatenablog.com

 

 

勝手に陰陽論18 気・血・津液(き・けつ・しんえき)

雪、雪、雪。

「小樽の街角でよく見かけるオンコの木。その赤い実がタワワになると雪の多い年になる」とか、

「猛暑の夏の後には大雪の冬が来る」とか、チマタでは言われていた。

そのとおり、ひさびさに冬の厳しさを噛みしめた今年の幕開けだった。

そして大雪だと悩まされる雪かきという重労働。屋根の雪下ろしでは、毎年決まって誰かが死んでしまう。

ただこの雪かきという作業は、なんだかトリッキーに思える。だって雪ってどんなに積もっても、どうせ消えちゃう。このいずれは溶けてなくなるものにかける労働の重さは、とても割りに合わないだろう。

しかし!

人間はどうせ出すのに食べる。食べて出して、出しては食べて。

息も吸って吐いて、吐いては吸って。

掃除もそう。どうせ汚すのに掃除する。掃除しては汚し、汚しては掃除する。

もっというなら、どうせ死ぬのに生きている。

輪廻転生するとしたら、生きては死んで、死んでは生きての繰り返し。

ああ!どうせ消えちゃうのになさねばならぬ雪かきは、どこか悟りの道へといざなう修行のように私には思えてしまうのだ。

かいてもかいてもまた降り積もる雪。ミゾレになったり雨になったり、固まっては氷になったりと、地上に浮遊する目には見えない水蒸気たちが有形にヘンゲして、その姿を現す。しかも3月にもなればすっかり溶けちゃって無形の世界へと戻るのだから、ああ無情!

 

というわけで今回は、「無形から有形へ、有形から無形へと変化し循環する」という事を見つめつつ、人体の体液について陰陽論を用いて考えてみたい。

 

西洋医学東洋医学の違いのひとつに、病気の原因の捉え方があげられる。西洋医学では細胞の変性が病気を引き起こす(細胞病理説)として細胞に焦点をあてる。これに対し東洋医学では体液病理説をとる。これは、体液やその巡りの不具合によって病気になるというものだ。

さて、この体液に関わるものとして、気・血(けつ)・津液(しんえき)という概念がある。(東洋医学用語は太字で表記)

 

 気・血・津液は人体を構成する基本要素  f:id:garaando:20220123145825p:plain

    気・血・津液は互いに協力し合う

1 気 について

東洋医学は気の医学である。こういわれるほどに自然界のエネルギーである気は、東洋医学の基本となる概念だ。

古代中国思想では、気は太極という宇宙空間に充満している、無形の極めて微細な物質であるとされる。そしてその気は万物を構成するオオモトであり、生命体をも創造する。

では人体の気を見てみよう。

遺伝的に両親から受け継がれる気を 先天の気 という。

さらに成長の過程で、呼吸や飲食物から獲得できる気を 後天の気 という。

この二つが合わさって、人体の生命活動に必要な 気 となるのだ。

先天の気 は運命的であり、その量も質も努力で変えることはできない。それに対して 後天の気 は自分次第でより充実させることができる。

なぜなら 後天の気 は、呼吸から得られる 天の気( 清気:セイキ)と 飲食物から得られる 地の気( 水穀の精微:スイコクのセイビ)が合わさったものだから。呼吸法を取り入れたり、食生活を見直すことで、もっと元気になれるのである。

そして呼吸によって取り込まれる 清気 と飲食物から得られる 水穀の精微 から、体内での 気・血・津液 が作られる。

<補足 : 気には、万物を構成する力を持つ、宇宙に充満する気(広義の気)と 人体に関わる気(狭義の気) とがある。自然界の根源的なエネルギーである気から人体は生まれ、さらにその人体は生命活動の一環として気を作ることができる。>

 

こうして呼吸や飲食物によってもたらされた人間の気には、以下のような作用がある。

① 推動(すいどう)作用:押して動かすように、血や水分の流れや内臓の働きを促進する。

温煦(おんく)作用:体温を保って温め、代謝をあげる。

③ 防衛作用:体表を保護して、乾燥や寒さ、湿度などの外界からの 邪気 の侵入を防ぐ。

④ 気化作用:体液を汗に、血を (エネルギー源)に変える。

固摂(こせつ)作用:汗や出血、尿などの漏出を防ぎ、水分を統制する。

このように様々な働きをする気が充実することによって、我らは元気になるのである。

 

気の作用についてはこちらも参照。

garaando.hatenablog.com

 

気についてはこちらも。

garaando.hatenablog.com

 

2 (ケツ)について

血は血管をとおる赤い液体で西洋医学でいう血液をいう。ただし東洋医学での「血」は、西洋医学でいうところの赤血球をさすと理解する方が良い。血液の血漿部分などは 津液 に分類されているからだ。

血の原料は、飲食物から作られる 水穀の精微 という栄養分である。我々は飲食物を体内へとり入れる。これらは胃で消化され、さらに小腸や大腸で吸収されて初めて栄養分となる。(注:こういった消化吸収の役割り全般は東洋医学では 脾 が担当するとされており、西洋医学のいう脾臓とは働きが異なっている。)

この栄養分をモトに血が作られる。そして (心臓)の働きによって、内臓から皮膚の隅々にいたるまで血は巡り、栄養源を全身へと届ける。肌や髪にツヤがあり目や皮膚が潤って、筋肉や骨が充実し、メンタルが安定しているのは、血の栄養が行き届いているといえるのだ。

 

3 津液(シンエキ)について

津液は、血(ケツ)以外の全ての体液(リンパ液も含む)をいう。これは、飲食物から得られる 水穀の精微 が 脾 の働きによって吸収され変化してできたもの。体内の各部に潤いと養分を与える。髪や皮膚はもとより、目、鼻、口を、さらには臓器をも潤す。また関節に入っては動きを滑らかにし、脳・脊髄をも満たす。

こうして体内を巡る水分は、汗・涙・つば・ヨダレ・鼻水という代謝物となって、また不要になった津液は便や尿となって、体外へと排出される。

 

ここで陰陽論の視点からこの気血津液を見てみよう。

陰 とは、集約され凝集されて下や内へと向かう、物質的で量的な性質で目に見える。

陽 とは、放出し拡散されて上や外へと向かう、機能的で動的な性質で目に見えない。

よって陰は陽に比べて比重が大きくなることを踏まえておきたい。        

気・血・津液の中で、血は物質性が一番高く 陰 的要素が強い。

また気は最も動的で形を持たず 陽 的な存在となる。

津液は、陰と陽との中間的な位置をしめる。津液は血に材料を提供し(陰に向う)、また汗となって排出されるように、気化して蒸発する(陽へ向う)からだ。

       f:id:garaando:20220124013208p:plain

ここで重要なのは、この3要素が個別のものではなく流動的に混ざり合っていて、常に動いているということである。同じ血液でもドロドロの時もあればサラサラになることもある。鼻水や汗も場合によって濃度や性質は変わる。成人の身体の60%以上を占めるという水分は、気と津液と血との間で関わりあい、エネルギー交換しながら常に変化している。

 

我らは外界から気と飲食物とを取り入れる。

これらは、混ざり合いながら消化と吸収の代謝プロセスの中で栄養や液体成分となり、

さらに生命活動に必要な気血津液を作り出す。

この気血津液は、時には比重が増して物資化したり(陰)、またある時には気化して蒸発したり(陽)する。こうして陰と陽との世界を行き来しながら体内を巡る。

汗や鼻水、ツバといった代謝物を体外へと放出し、

最終的な不要物は大便や尿となって体外へと排泄されるまで、巡るのだ。

 

陰と陽とは、分離できない。

陰陽論とは、交換しあいながら移り変わる自然界の法則、

これを理解するためのひとつの世界観であり、方法論なのだ。

 

自然界の水蒸気は、雨や雪、そして氷にもなって姿を現す。

はたまた雪や氷は、溶けてしまうと形を失う。

我らの身体の中の水分も、

体内の微妙な条件に応じて、

その比重を刻々と変えながら、

自然界の掟にそって動き続けていくのだ。

 

(後記)

どうせ死ぬのになぜ生きるのだろうか?

私はこのことが頭から離れない子供でした。

こんな自分と私は長年付き合ってきたのだから、私自身が疲れてフーフーです。

ただこの疑問を持っていたことによって、私は多くの気づきをもらった気がします。

 

毎日降り続ける雪を見て、あるいは雪かきをしながら、

昔から考え続けてきた問いを思い出しました。

 

なぜ生きるのか?死ぬのにねぇ。

やっと見つけた答えのようなものは、「生きているプロセスこそが大事だ」ということでした。

今でしょ、今!

イマナカでしょ!!って感じ。

 

せっかく雪が降るので、雪かきをします。

雪に覆われた静謐さにどっぷりとつかります。

雪国の皆様、雪かき頑張りたいですね。

 

またウイルスから身を守るためにも、免疫力をつけなくてはなりません。

これには、質の良い睡眠と少食を心がけてくださいね。

かいてもかいても降り積もる雪を見たらグッタリするように、

分解し吸収する消化器の細胞たちも、働いても働いても食べ物が降り注いできたとしたら、どうでしょうか。

消化に使われるエネルギーは思っている以上に膨大です。もしかして雪かきのエネルギー量に匹敵するのかもしれません。

具合が悪ければ絶食する動物たちのように、疲れたところを回復するために、エネルギーを節約しましょう。それこそ免疫があがります。

ぐっすり寝てください。

そして良い食品をゆっくり食べてください。いつもより量をちょっと少なめにして!

 

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2022年お正月、小樽にて撮影。

津液については、よかったらこちらも!

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東洋医学各論14 五行論からみる臓器と感情

治療家の私には、患者さん達の様々なエピソードを聞かせていただくという、ありがたい特権がある。その中のひとつを紹介したい。

あの当時その方は82歳。横浜からご自分の運転で私の治療所へ来てくださるダンディで陽気なご老人だ。ある時、親友のお通夜へ行った時のでき事を話してくださった。

「ここに席があるからこっちへ来いと手招きする人がいる。よく見たらそれは30年近くにわたり絶交をしている天敵の憎っくきヤツなんだ!あまりに私を呼ぶのでね。仕方なくその席に座ると、彼は嬉しそうに私に話しかけてくるんだよ。ボケっちゃったのか?と思いつつ、お通夜の間中、隣の彼のことを考えていた。そもそもどうして彼とケンカしたのか?どんなに考えてもその理由が思い出せない。忘れちゃった!どうしてあんなに嫌っていたのか全くわからないんだよ。オレもダメになったなぁと笑えてきたよ。それで帰りはその彼と行きつけの蕎麦屋に行って故人を忍びつつお酒を飲んだ。なんか意気投合しちゃって、これが結構楽しくてね。また来週会うんだよ。全く人間の感情ってのはいい加減なもんだね。」

いい話だなぁと思った。年を取るのも悪くないなぁって。

 

今回は、この感情というものに焦点を当ててみたい。

人が大人になるとはどういうことを言うのだろうか。

肉体の成長は目でみればわかる。

知能や認知の発達もほぼほぼ周りからも感知できる。

しかし感情の成長は、計りうるスケールがない。

だからこそどこから見ても立派に見える大人が、感情的に成熟した人間であるという保証はないのだ。

そして幸か不幸か、好きとか嫌いといった感情こそが、多くの物事を決定していく。最もらしい理由は後づけされながら。さらにつけ加えるならば、憎しみが高じて犯罪に至ることもあれば、強固にも思えた感情が何かの拍子に溶けるがごとく変化してしまうこともあるのだから、これがなんとも扱いにくい。

 

心理学でいうところの心の問題において最も問われることのひとつが両親との関係性についてである。父や母との関係が後のあらゆる人間関係の基盤を作る。そしてこの関係性の問題とは、その関係から生じた自己の感情のことだ。感情は、いきおい他者へ向けての反応となり、自己の世界観を築く大きな要素となって、個人の性格をも形成していく。

 

感情的な態度は、大人としていかがなものかと嫌われる。理性的であることが大人の条件であり、スマートに映るのだ。

しかし実は世の中を動かすエネルギーのおおかたは、感情が握っているのではないだろうか。

 

今回はこの感情という大きなテーマの一端を、とりわけ人体における臓器と感情との関係に焦点をあてて、東洋医学五行論に基づいて考えてみたい。感情というものがどれほど密接に体質や病気と絡んでいるのかを理解する手がかりになればと願いつつ・・。(太字は東洋医学用語)

 

五行論についてはこちらを参照

garaando.hatenablog.com

 

東洋医学では病気の原因のひとつに感情の変化をあげている。これは七情(しちじょう)と呼ばれ、「喜・怒・思・憂・悲・恐・驚」の7つの感情をいう。こういった感情が直接的に病気と関連するという見方は、西洋医学にはみられない東洋医学独自の特徴と言える。

たとえば憂いや悲しみなどの感情が強すぎると肺を傷つけるとされている。このように特定の感情には特定の臓器とのつながりがあるという。以下の表を参照しつつ、それぞれの臓器と感情との関係を、さらには人体に表われる色と体質との関係を見てみよう。

 

五行による臓器と感情の関連>

五 行               

五 臓| 肝 |  心  |  脾 |  肺  |  腎   

五 情| 怒 |喜/笑| 思 |悲/憂|恐/驚

五 色| 青 |  赤  |  黄 |   白  |  黒   

 

(もく)のエネルギー(上や外へと拡散する運動のエネルギー)を持つ「怒」について

頭にきた!というように、怒ると気血(きけつ:気と血のこと)が頭に上昇する。このため、そもそも拡散するエネルギーを貯蔵する臓器である、この肝の働きを怒りは促進させる。もともと肝にエネルギーのある人は、怒りっぽくイライラし落ち着きなく行動する傾向がある。あまりに怒りを溜めすぎると更に機能亢進して肝を傷めるし、逆に肝が病むと怒りっぽくなる。

(補足:鬱という病は中医学では肝鬱ともいわれ、外へ向かうべき伸びやかなるエネルギーが内へ向けられ閉じ込められた状態。怒りを健全に発散することが難しくなる。)

また怒りやすい人は頭の血管が浮き出て青スジが立つ。肝の働きの良い人の白目は青いなど、と青とには繋がりがあるとされる。

 

(か)のエネルギー(熱を帯び上へ向かうエネルギー)を持つ「喜(笑)」について

喜んでケラケラと笑っている姿を想像すると、斜め上へ顔をあげて熱が発散されているイメージが浮かぶ。喜びには気を巡らせて、全身を緩ませる作用がある。しかし喜びすぎるとが乱れる。たとえば子供が翌日の旅行が楽しみで寝なくなる。また新居へ引っ越し興奮して疲れているのに眠くない。どんどん片付けができるものの、とうとう動悸、息切れの症状に至るといった場合がこれにあたる。不眠の症状は(しん)に影響を与え、また逆にが興奮したり弱ると不眠になる。これは中医学でいうには、西洋医学でいう心臓の働きの他に精神の働きも含みメンタルとの関連が深いからだ。

高血圧や心臓の悪い人は、赤ら顔になりやすい。と赤とには繋がりがあるとされる。

 

(ど)のエネルギー(滋養を与え育むエネルギー)を持つ「思」について

滋養を与えるエネルギーだが、考えすぎると気が固まって巡らなくなリ、消化機能であるを弱らせる。思い悩む性格だと消化不良となり、水はけが悪くなって体が重くなったりだるくなる。ストレスで胃潰瘍になるなど、考えすぎると消化器への影響は大きい。また消化器が弱いと考えがまとまらないという傾向もある。

消化機能が停滞すると、手足や顔色が黄色っぽくなる。また胆汁が円滑に流れないと黄疸などの症状が出る。と黄とには繋がりがある。

 

(ごん)のエネルギー(重厚で変容させるエネルギー)を持つ「悲(憂)」について

悲しみすぎると気が滅入って失せてしまうため、生きるためのエネルギーをなくしてしまい更にを弱らせる。また肺が弱いタイプの人は、悲しみや憂いへの親和性も強い。体質としては喉や肌が乾燥して、便秘にもなりやすい。思い切り泣いたりするグリーフワークの手法は、悲しみを解消しエネルギーを動かすのに有効だ。

結核などの肺の病気だと、カサついた色白の肌になりやすい。と白とには繋がりがある。

 

(すい)のエネルギー(潤いを与え下方へ流れるエネルギー)を持つ「恐(驚)」について

驚いて腰を抜かすといわれるように、恐れや驚きが強いとが下降して抜けてしまい、下半身に必要なエネルギーが回らなくなりを傷める。生存本能を脅かされるような恐怖の経験があると腎の持つ生命体のポテンシャルを発揮できずに発育不全となる。また腎が弱い人は、何事においても恐れが強い傾向がある。

腎が衰弱すると顔色は黒くなる。と黒とには繋がりがある。

 

このようにさまざまな感情は特定の臓器と密接な関係があるのだ。

また怒りの下には必ず悲しみがあるように、感情どうしも層をなして繋がりあっていて、はっきりと特定できる感情に割り切れないようなグレーゾーンもある。各種の感情は単体で存在するのではないため、痛みの表現が個人の体質によって異なるということも覚えておきたい。

 

感情はどこから湧いてくるのか。

どうして悲しみにばかり反応するのか。

なぜこうも恐れて最悪のことばかりを心配するのか。

思い悩むばかりで、かくも行動することができないのはなぜだろう。

いちいち怒りっぽい性格は変えられるだろうか。

 

こういったメンタルの疑問を持った時、

身体の具合を考えてみることをお勧めしたい。

こんなに悲しく感じるのは、肺が弱っているせいかもしれない。

あの人があんなに怒るのは、きっと肝がやられているのだろう。

こんな風に考えられれば、感情にすっぽり呑み込まれる前に身体へと意識がいくと思う。

 

良きにつけ悪しきにつけ、感情エネルギーの持つ威力は計り知れない。

ただ単にストレスだと決めこんでやり過ごすのではなく、

身体をいたわることができれば、ストレス自体も軽くなるはず。

感情的な辛さについて、身体からアプローチする重要性を今一度考えてみたい。

 

(後記)

健全な肉体に健全な精神が宿る。

小さい頃からこの言葉が嫌いでした。

健全な肉体とは何を指すのか?弱者切り捨てのような文言に聞こえたのです(弱者というのも適切ではないですが)。また健全な精神というものがあるのだろうか?などとも思って・・。いわゆる「健全」という言葉に抵抗する自分がいました。まぁ、こんな私が健康を扱う仕事をしているのですから、全くもって人生の一寸先は闇でござんす。

ただ陰陽五行論に出会ってからは、自分の中の凸凹がどちらかに振り切れることなく適当に行ったり来たりする、このことを健全というのだと理解できました。思えば長い年月がかかったものです。

 

また「パワハラモラハラ」という言葉もソコココでよく聞くようになってきました。

患者さん達の話を聞いていると、実際持って酷いパワハラもあって、これはなんとかならないものかと思うこともあります。

ただ、人間関係というのはある程度のパワハラはつきもののようにも思います。誤解しないでくださいね。ある程度の、ということで。

さまざまな事象にパワハラといったレッテルが貼られてしまう。なんでもかんでもこのレッテルを貼ることは、問題の表面だけを簡単に浮き彫りにすることで、かえって感情の本質的な問題に降りていけない気もするのです。

 

そもそもどうすれば感情の成熟度を増すことができるのでしょうか。

私もあなたも!

 

この時代にあって、各所で分断が進んでいく感じがしています。

そしてこの分断のオオモトには、感情が渦巻いているように思えるのです。

感情の成熟度を増す。

このことの必要性を感じていますが、あまりにも難しいことなので、

まずは自分の臓器と感情との関係を整理してみようと思いながら書いてみました。

 

長いブログを変わらずお読みくださる皆様、今年もありがとうございました。

いつまでも大人になりきれない、そんな老女になりつつあります。

ああ!遥かなるかな、成熟という2文字!

ですが、、また来年もコソコソと書いていきたいと思っています。

どうぞ皆様、良いお年を!

 

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ワイ島マウナケア山頂にて撮影

(なお文中の患者さんのお話は了承を得て掲載)