昭和を代表する、球界のスーパースター長嶋茂雄さんが亡くなられた。最後の瞬間について次女の三奈さんは、こう語った「脈拍と血圧の数値が0になったんですが、よく見ると、ピッピッと山なりの波形がずっと続いているんです」。この現象を看護師にたずねると、「監督が心臓を動かそう、動かそうとしている振動だと思います。こんなの見たことありません」と答え、看護師さんや主治医の先生方をも最後まで驚かせていたという。そういえば・・。私が鍼灸学校の学生だった頃に、日本で屈指の治療家である先生が話されたことを思いだした。誰かが聞いた「今までで一番 "気" が大きくて強い有名人は誰ですか?」と。この質問に答えて、「そうだね。いろいろすごい人達がいる中で一番は長嶋さんだね。それはそれは真剣な時は半径4、5mまでは近づけないほどの "気" を放っていたよ」と。それ以来、私は長嶋氏がテレビに映るたびに血色の良いお顔やピシッとしたユニフォーム姿をながめては、気が充実している方の特徴を知ろうとしたのだった。旺盛な気を纏っていた長嶋茂雄さん。それは病に倒れたあとも、変わらなかったのではないだろうか。
さてこの "気” なるもの。これは東洋医学の根幹をなす概念であるが、これをエネルギーとおきかえて、人体のエネルギーシステムについて東洋医学の見地から考えてみたい。
人体には経脈(けいみゃく)という縦にながれる気の通り道が14本あって、そのそれぞれが内臓である五臓六腑を通過している。この経脈から分かれて網の目のように広がる道を絡脈(らくみゃく)という。これら経脈と絡脈を合わせて経絡(けいらく)といい、スパイダーマンの網目模様のように、全身を網羅するエネルギーのネットワークを作っている。そしてこの経絡上にツボがあるのだ。内臓である五臓六腑はこの経絡を通じて互いにつながっていて、抑制したり助長したりして相互にエネルギーのバランスをとっている。うらがえせば、人体の内臓や器官をつなぎあわせる電線のような役目が経絡であり、電気をつけるスイッチの役目を持つのがツボだともいえる。
さてこの経絡とツボであるが、これは実体があるかと聞かれると残念!ないのだ(経絡は透過率の高いガラスやプラスチックでできた ”光を通す繊維” である光ファイバーに似ているとされる研究結果もあるが)。ツボはここにあるという大まかな部位は示せるが、実質があるものではない。私の感覚では、ここがツボかと思ってギュウギュウ押すならば余計にわからなくなる。海に浮かぶブイのように、波間に揺られて存在しているように感じる。2ミリくらい浮かして肌表面をなぞるとわかりやすい。観測者によって実験結果が変わってしまうといった量子力学の世界であって、治療家によってその位置も捉え方も変わってくる。というわけで私のいうことが正解とは限らない。
このように説明しがたいことも多いが、人体には経絡とツボとでできたエネルギーシステムが、実はしっかりある。このシステムをめぐるエネルギーが "気" であり、その動きは"陰陽虚実" という概念で示される。 "陰" は人体の奥に貯蔵される場所をしめし、"陽" は奥よりは浅い場所をあらわす。さらに"虚" は勢力が弱いことをあらわし、 "実" は勢いが旺盛なことをしめす。つまり陰は身体の奥に保存されているエネルギーで、陽は今現在作られて回っているエネルギーをいう。 "陽虚" とは今のエネルギーの生産不足を示すことになる。"陰虚" となれば保存エネルギーを使いすぎてしまい余力がなくなってきた状況をいう。"陰陽両虚" となれば、エネルギーの生産不足にくわえて、保存エネルギーも枯渇している状態となる。高齢になるほど、エネルギー生産力もおとろえて備蓄エネルギーを使いつくしていく傾向が強くなる。いわゆる老衰という状態は、こういうエネルギー状態だ。
もう少しわかりやすく現在話題になっている米を例にとって考えてみたい。はからずも気という字は "氣" とも表記され、米に象徴される食べ物から得る気をしめす時にこの文字が使われる。さて米においては、農協と生産者、そして販売店、さらには市場といった拠点をつなぐネットワークシステムがある。そしてそのルートに乗って流れるエネルギーとしての米が、人体における気にあたる。陰は奥にしまわれていた備蓄米で、陽は今市場にでまわっている流通米だ。流通米が少なくなってしまった米不足を解決するために、備蓄米を放出する。しかし備蓄米も枯渇してしまうなら、陰陽両虚となり人体でいうところの老衰となってしまう。米が年貢としてお金の代わりにまでなっていた時代もある日本において、米の陰陽両虚は国の老衰へとつながる問題にちがいない。またネットワークの中にツマリやホコロビがあると、壊れた水道管のように蛇口から水は出てこない。米問題においても、ネットワークが健全であるかどうか、そして米というエネルギーの質と量がどうであるかといった様々な問題がある。
我々の健康もまた、経絡というネットワークシステムが健全に機能していること、そして気というエネルギーが滞りなく潤滑にめぐっていることの双方で保たれるのだ。さらに、その流れてめぐるエネルギーの質(正気か邪気か)と量とが問われるのが、東洋医学の世界である。
(後記)
気について、わかりやすく説明したいと常日頃思っているので、今回の記事となりました。東洋医学用語や陰陽などの考え方についても、普段の生活の中で馴染んでいただけたら嬉しいです。それにしても私は、なんでもかんでも "気" の観点から物事を見るようになってしまいました・・。友達がへらないことを祈ります。