“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

東洋医学各論19 紫雲膏

 先日、ドクダミの手作り酵素をいただいた。白い花が可憐なドクダミには、強烈な香りがある。しかし酵素となったドクダミは、その花の姿を彷彿とさせる清楚で安らかな香りを放っていた。う〜ん!いい香り!生花から酵素への醸造過程でいったい何がおこっているのだろう。自然界の草花には、扱い方によって引き出すことができる、思いがけない力が眠っているのだなぁと感心する。

 もともとドクダミは毒だしの妙薬。別名を「十薬」とよばれる。十種類の薬を合わせたほどの力を持つのだから、薬効が強い分だけ使い方も知らなくてはならない。体力があって肉食の人には向くが冷え性の人は要注意。おできや鼻詰まりなどエネルギーがあまってコモる症状に使われるのだ。

 このように自然界において薬効をもつ草花、木肌や木の根などを加工(乾燥など)したものは、生薬(しょうやく)と呼ばれている。この生薬を数種類合わせて作ったものが漢方薬となる。例えば生姜(生薬名:ショウキョウ)は、桂枝湯や葛根湯のほか多くの漢方薬に使われている。この単体の生薬が他のいくつかの生薬と組み合わさり、それぞれの分量が厳密に配分されて、漢方薬ができあがる。古来からこの配分バランスは変わることなく今に受けつがれている。多くの成分を含んでいるため、ひとつの漢方薬でいくつもの症状に対応できる。古代中国の経験的医術から生まれた漢方薬は、体質に合わせた全体的治療をめざすものといえる。これに対して西洋薬は、原則的に単一の人工的に化学合成された物質でできており、特定の症状やひとつの病気に強い効能を発揮する。西洋薬はつぎつぎに新薬ができるので、今まで使われてきた薬がなくなることも多い。

 ここで中国医学の基本は、気の医学であることを思い出してほしい。薬を飲むことを「服用する」とか「内服する」といった表現が使われている(「一服盛る」まであり!)。これは、薬効のある木肌や植物の根や鉱物を服のポケットなどに持っている(服に用いる)だけで効果があったからだ。それはちょうど「おふだ」を身につけたり、天然石のブレスレットをお守りにするように。漢方薬の煎じる匂いがダメという人もいるが、コトコトと煎じることで部屋いっぱいに広がるあの香りが、生薬の気を充満させて、その場にも、そこにいる人全員にも影響を与える。煎じることで薬効が増す漢方薬は、徹頭徹尾「気」の世界のもの。薬の成分に加えて自然界の気が身体を治す、こういった漢方薬のアプローチは、西洋薬のそれとは、もともとコンセプトが違っている。

 

 今回は、生薬からできた漢方外用薬である軟膏、「紫雲膏(しうんこう)」をご紹介したい。

 紫雲膏は、江戸時代の外科医 華岡青洲 の処方による、消炎、鎮痛、止血、殺菌、肉芽形成促進といった作用をもつ、皮膚の特効薬である。

 さてここで、印象的だった私の臨床例をいくつかあげてみたい。

 <症例1:肉芽形成効果> 

 当時30代後半の女性。20代後半で乳がんをわずらい、オペ、抗がん剤放射線といった3代療法を受ける。当時の治療法は今と違い、乳房は筋肉を残すことなく切除され、放射線によって表面はケロイド状になっていた。術後8年を経過したある日、洗濯物をとりこもうと腕をのばしたら、脇の下の胸に近い部分(オペ&放射線によって皮膚が薄くなっていた所)が裂けてしまう。皮膚科へ行き薬を処方されるも直径2センチほどの傷口がふさがらず、滲出液で洋服まで汚れガーゼを当てて対処する。著名ながんの専門医のところへ相談すると、「これは薬では塞がらない。背中の皮膚を移植をするしかない」と告げられる。オペを考える間にも紫雲膏をつけてしのいでほしいと伝える。厚めにしっかりフタをするように塗ってガーゼで押さえるようにしていたら、滲出液が出なくなって皮膚が奥から再生されはじめ1か月弱で完治し、オペは不要となった。

<症例2:鎮痛効果(打身・切り傷)>

 当時40代後半の女性。階段から落ちて左顔面を強打。打身、切り傷および内出血で左顔面が腫れてお岩さん状態に。顔面の痛みを取りのぞき、傷の修復をすべく紫雲膏を塗る。痛みがおさまるので毎日塗っていたら、日に日に改善され半月後にはほぼ完治。鏡をみると、左側にあったはずのシミまで消えており、右側にくらべて明らかに色白の綺麗な肌に。その後、右側のシミとりにも使用するようになった。

<症例3:鎮痛・消炎効果(陰部の痛み)>

 これは数人の方に共通したケースをまとめての報告となる。婦人科系のがんの放射線治療による皮膚炎が発症した場合。患部に発赤、びらん、肛門部に発赤。排尿・排便時ごとに疼痛あり。ステロイドのぬり薬を出されるも、皮膚の薄い部分がカチカチになって改善している感じがなく、痛みと不安がある。紫雲膏をすすめてみたら、硬くなっていた部分が改善し痛みが減って効果が著しい。常備薬として手放せなくなった。漢方外用薬である紫雲膏は植物製剤であり、添加物や化学薬品も使っていないので、刺激も少なく長期にわたる使用もOK。

 また原因がはっきりしない陰部の痛みや不快感にも解毒、抗菌、消炎作用があるので、多くの患者さん達から絶賛されている。肛門部の粘膜にも力を発揮するため、痔(いぼ痔による疼痛、肛門裂傷、出血、脱肛)の特効薬でもある。

 その他数えきれない報告があるのだが、特に火傷や床ずれに威力を発揮する。そのほか湿疹やアトピー性皮膚炎(ただしゴマ油のアレルギーがある方はNG)、手や足のひび割れ、口内炎、ものもらい(眼球は NG)、あせも、かぶれ、ただれ、びらん、しもやけ、ニキビ(面疔:就寝時に厚めに塗る)といった化膿性のできものなどにも効果がある。

 こうしてみると紫雲膏には、皮膚の奥から再生させていく力があるのがわかる。患部の血行を促進して潤いを与え、炎症を鎮めるといった効能があり、赤くなる皮膚の病い全般に効くというものなのだ。

 

 ではここで、紫雲膏の成分である5種類の生薬をみてみよう。

 <当帰(トウキ)> セリ科の植物トウキの根で、血行改善の薬効があり、婦人科系疾患によく用いられる。皮膚を潤し、排膿して傷口の肉芽形成をうながす。

 <紫根(シコン)> ムラサキ科の植物ムラサキの根で、解毒、解熱、抗菌、抗炎といった効果があり、肉芽形成をうながす。

 <ゴマ油> ゴマ科ゴマの種子からできた脂肪油で、上記2つの漢方をゴマ油で抽出。ゴマ油には抗酸化作用がある。

 <ミツロウ> 蜜蜂の巣からとれたロウを精製したもので、保湿作用がある。

 <豚脂:ラード> イノシシ科ブタの脂肪。

ゴマ油、ミツロウ、ラードは軟膏基材として用いられている。

 

 卓効の薬、紫雲膏。一家にひとつ!オススメしたい。

 

(後記)

 みなさんは、漢方薬と聞いてどんなイメージをお持ちでしょうか。

 私の患者さんたちの印象は、「長く飲まなきゃ効かない」とか「効き目はイマイチ」とか「副作用はないからずっと飲んでも大丈夫」といった回答が多いです。しかしこれは大きな誤解。漢方薬には即効性のあるものもあり、体質に合っていれば効果も大きいです。薬である以上副作用もあります。

 まだまだ正確に伝わりきれていない漢方薬の力を、紫雲膏という外用薬をとりあげて書いてみました。

 「もしも魔法の薬があったとしたら、その名は紫雲膏」、このキャッチフレーズを私が作ったほどに、惚れこんでいます。あ、前回記事で書いた私の頭の傷もこの薬のおかげで完治した次第です、ハイ。

 

アフリカ大陸、モンバサ(ケニア)のツァボ国立公園にて草食動物のキリンを撮影