“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけい子が語る東洋医学の世界 〜

部分なあなた (マリモ羊羹編)

マリモ羊羹をご存知だろうか。

北海道の阿寒湖に生息し、緑色の藻でできた天然記念物のマリモ。そのマリモを模した球状の羊羹で、楊枝でつつくと覆っている膜がはがれて、中身がツルンとあらわれる。

 

いとも簡単に外殻をぬぎすてるーその様は、多くの患者さん達が、病いの最中にあって大きく変化する時の現象に似ていると思う。

  

たとえば、前回の記事 ( 部分な私 その2「場の力」)に登場したジンマシンの彼女。

彼女は1年半飲み続けた薬を、ある日突然断った。

私には、このように何年もの間のみ続けた大量の薬(導眠剤、安定剤、抗不安剤、鎮痛剤など)をゴミ箱へ捨てて、いきなり断薬をした方達の症例が数件ある(そのように突然やめることを推奨しているわけではありません。決断は本人の意志であり、報告をうけてその都度、私がひどく驚きます)。

彼女(彼)らに共通している言葉は、

「もういいと思ったんです。」

「いらなくなりました。」

「どうせやめるので、捨てました。」

そうきっぱり言い放ち、それまで手放そうと試みて何度も何度も失敗してきた過去とは、全く別の、凛とした表情をきまって私に見せる。

 

まとっている皮膜を軽々とぬぎすてて歩き出し、回顧だにしない。

新次元へ飛び出す彼ら。

 

また別の症例においては、

閉所恐怖症のため飛行機での旅が大変辛い方がいた。

海外への所用も多く、もう20年以上も苦しみ続け、出発の直前でキャンセルなさることが何度もあった。

その彼女が先日こう言った。

「まだ恐怖がなくなったわけではないけれど、あの頃の本当に怖かった感覚を思い出そうとしても、どうしてもあの感じにはなれない。いつのまにか変わってしまった」と。

10年以上にわたり、私は彼女を診せていただいているのだが、

少しづつ、薄紙がはがれるように彼女の肉体は変わり続けた。

身体が弱かった時代からは考えられない程、今や相当に体力のある方になられたように思う。

そして精神的にもどんどん変化をとげたようにみえるのだ。

肉体かメンタルか、どちらが先に変化したのかはわからないし、知る必要もないと思う。

ただ確かなのは、ご自身が変化していく過程を見守るといった、ご自分にむけられたマナザシが、いつも彼女にはあったということだ。

そして小さな脱皮を繰り返し、気がつけばいつのまにか大きく変わっていた。

 

それはまるで、瓶(カメ)の中に水が溜まりはじめ、そしてカメの容量を超えて、水があふれだすかのように。

水が溢れ出した時にはじめて、満杯になったと気づくのだ。

おさまりきらなくなってしまったカメは、いきおい不要となる。

そうして、さらなる世界へと飛び出す彼女。

 

 

その一方で、

何度も禁煙に失敗している患者さん達がいる。

禁煙パッチを貼ってみても、

禁煙パイポを試してみても、

電子タバコを吸ってみても、

さらには相当の金額を払って禁煙外来へ通ってみても、

一旦はやめても、また同じように愛煙家となる(注:上記の手段によって禁煙なさった方もいらっしゃいます)。

彼らは病気があって、本当に禁煙したいと望んでいるにもかかわらずだ。

また嗜癖や依存には複雑な背景もある。

肉体的な中毒症状から脱せられたとしても、

たとえばどこかで自分を罰する必要を感じている人は、自分をおとしめる行為がなくてはならない。

やっぱり自分はダメ。

どうせできるわけがない。

こういった処にもどってちょっとホッとしたりもする。

(注:喫煙は個人の嗜好の問題であって病いではありません。嗜癖、依存、中毒といった見地から、身近な例としてとりあげてみました。)

(注:エネルギーレベルで喫煙をみた場合、ハートの感受性が強い人が愛煙家になりやすいとの説があります。喫煙をすることでハートチャクラをわざとつまらせて、ダイレクトに様々な感情を感じることから身を守っているケースです。)

 

 

また「病い」というものの一つの側面に、個人の存在や命をかけた表現であり、作品であるとする見方がある。

そう考えた時、治すとか、正すといった方向性だけが良いわけではないし、画一的に症状や中毒がなくなればよいというものでもない。

ただ、ある中毒的な症状から立ち直りたいと思っていて、

いろいろな手段を試みてもなお、効果があがらない時に、

必要なことは何なのだろうか。

 

 最初にあげたジンマシンの彼女は、その後の経過をこう語る。

 「薬をやめて、夜になるとジンマシンがでる時がたまにある。

痒みはあるけれど、

ああ、疲れているのだなぁと思って、

なるべく休むようにして、我慢していると、

次の日にはおさまってくる。

だからもう薬は要らない。

だって、薬をやめられないとあきらめていたけれど

本当は自分はやめたかったことに気がついたのだから」

 

私には、断薬できたかどうかという結果よりも、

彼女が自分に対して自信を持つことができたという事の方がはるかに大事だと思える。

病いの症状に対して、恐れすぎることなく、まっとうに身体をいたわり、いずれ治ると思えること。

自分の身体を信頼できるという経験をしたこと

これこそが大事だと思うのだ。

 

もし今、中毒的な症状に苦しんでいる方がいたら、

(痩せたいのに食べちゃうとか、朝活をしたいのに夜更かしが止まらないとかも)

まずその行為だけに執着するのはやめて、

できない自分を責めることをやめてみてはどうかと提案したい。

その変わりに日常の中で、自分を裏切らない小さな選択をしてみる。

たとえば、

本当は行きたくない誘いなら、断ってみる。

3回に1回断るのでもいい。

自分の着たい洋服を着る。

ちょっと冒険であっても、着てみたい色に身を包む。

なんでもいいと言わずに、食べたいものを考え、味わって食べる。

そうやって今まで外に、他人に、そして回りに向けていたエネルギーを自分の内側にとり戻す。

 

これは自我を肥大させることとは違う。

自分は何を本当に望んでいるのか?

と自己の内奥に問い続けながら、

自分の深淵に錨をおろす。

 

自分自身にエネルギーを充填させていったなら、

いつしか自己の器は大きくなり、

あきらめは自信に

逃避が発見に変わる。

 

いつの日か、

あなたもマリモ羊羹のように、

軽々と外殻を脱ぎすてるだろう。

そしてその時、

気になっていた症状に囚われない新しい自分が現れるに違いない。

 

<後記>

私がエネルギーワークを習った学校の校長であるバーバラ・ブレナンは、授業でこう言いました。

「The healing comes automatically.(癒しは自動的にやってくる)」

えっ? automatically??

さらに、「あなたは、何も努力する必要はない。ただ自己の内面をみつめなさい。あなたが霊的に進化していくにつれ、起こるべき癒しは自然にやってくる・・・」といった内容だったように記憶しています。

私は、このフレーズに衝撃を受けました。

努力しなくていいんだ・・。

それまで、さんざん努力?してきた自分にとって、この内容は本当なの??ですか?

本当だったら、もっとはやく教えてくださいよ!とも思いましたね。

 

そして、この視点から見てみると、

自分の臨床での患者さん達の変化が、よくわかりはじめたのです。

 

自己の内面が変わり、

結果として、

表れていた症状が自動的に消失する。

 

人が癒えていく道筋は、いっぱいあると思いますが、

病いというものの意味を考える時、

このように自己の内面の変化に従って、

癒えていくもののような気がします。

 

そしてまた

内面に目を向けるといっても

 

何か方程式やメソッドがあるといったものでもないと思います。

頭の理解による分析や判断でもなく、

無意識の領域にもかかわることなので、

やはり道なき道を歩むことに違いありません。

 

私も

自分をも含み、

人が変化する様を見守りつつも、

その流れがどこから来たのか、

問い続けていきたいと思っています。

 

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アフリカ大陸ウォルビスベイ(ナミビア)のムーンランドスケープというエリア(「猿の惑星」の撮影地)にて撮影

(なお、この文中に登場する主な患者さん達の承諾を得て掲載)
 

部分な私 その2(場の力)

バブル時代に建てられ、裏ぶれてしまったビルの最上階。

その片隅に私の小さな治療所がある。

手抜きして建てられたと言われたら、「やっぱりね!」と思うようなビルだ。

剥がれ落ちそうな壁紙のエレベーターが日本製だと知った時は、私がとても驚いた。

その上たてつけの悪いヤスブシン感満載の部屋。

治療用ベッドは2つ。

 

そんな治療所が私の仕事場だ。

ここで毎日、様々なことが起こる。

 

先日も、こんなことがあった。

 

10年以上の長きにわたるおつきあいの患者さんが来所。

10年以上といっても数年のブランクが何度かあり、何か節目を彼女が迎える度に治療が再開するといった感じだ。

その彼女が、うつ伏せでハリを背中におかれた状態で私に聞いた。

「夜になるとジンマシンが身体中に出て、痒くて痒くて仕方ない。ステロイドの飲み薬を飲んでいて、その時は治まるけどちっとも良くなっていく感じがしない。もうこれで1年半も飲み続けている。どうしたらいいの?」。

今までも彼女に断薬を勧めて成功した経験があった私は、言った。

ステロイド、やめてみる気ある?」。

すかさず答える彼女。

「無理。無理。絶対に無理!!子育てでやる事が山積みで、自分が痒いと何もできない。だからゼッターーーーイ!!!無理!!」。

「そうか・・」というのがやっとの私。

あまりに激しい拒絶を前に、私の質問は粉砕された。

 

そうこうしているうちに次の患者さんが現れ、隣のベッドへ通す。

するとその方は、開口一番こう言った。

「私、先日教えていただいたやり方で、だんだんにステロイドの薬をやめていったんです。そしたら3日間くらいモーレツに痒かったけど、我慢して乗り切ったら、ほら!今、こんなに綺麗になりました。頑張って薬をやめて本当に良かった」と。

そういえば、彼女も皮膚疾患でステロイド薬を使っていたのだった。

隣の彼女に聞こえただろうか?と一瞬頭をかすめたものの、その件には触れずにその日は終了。

 

2週間後にやってきた、ジンマシンの彼女は言った。

ステロイドを止めて3日間くらいモーレツに痒みを我慢して、すっかり治りました!」と。

「えー!!いきなりやめた???3日の我慢ですっかり治った???」と驚く私。

「はい。先日カーテンの向こうからステロイドを止めて治った話が聞こえたので・・」。

 

あんなに拒絶したのに・・と、私は困惑しながらも可笑しくてたまらなくなった。

いきなり薬を断つという暴挙!

しかも、そっくり同じ行程で治癒したという怪しい話。

危険だったけど一件落着したなら、まぁいいかと笑えてきた。

 

それにしても。。

つくづく不思議だと思う。

かなりの人達の断薬を見守ってきた私の提案は拒絶され、

誰だかわからぬ他人の話で、決心させられるとは。

 

カーテン越しに聞こえる声。

切り口が違うと受け取れる言葉。

 

何より同種の病気を持つ2人が隣りあう偶然。

意図したわけでもないのに、タイムリーだった会話。

 

私と一対一では起こりえないことが、はじまりだす。

 

こんなことが、たまに起こるのだ。

 

私のあずかり知らぬところで、

治癒へと導く扉が開く。

 

そしてこれが「場の力」なのだと思う。

私の治療所の場の力。

 

ここへ集う患者さんたち。

贈られてきたステキな絵画たち。

めっぽう伸び放題の植物たち。

四方の窓から見える空。

優しく満たしてくれる、清々しい朝日。

部屋をオレンジに染め上げる夕陽。

 

怒り、悲しみ、落胆、憂鬱、倦怠、そして痛み。

喜び、楽しみ、驚き、慈しみ。

涙、鼻水、ヨダレ。。

 

ここを構成するものすべてが、

この場を作ってくれる。

流れるべきものは流れ、とどまるべきものはとどまりながら。

 

すべてまるごと

治療のために。

 

そして私までもが癒されていく。

 

主宰者であり、治療する側であるはずの自分も、ひとつの構成要素。

またしても部分な私。

 

私にできることは、

ここにいること。

いつづけること。

(あ、もちろん治療への情熱の炎は燃やしながらね!)

 

ただそれだけのこと。

 

そして今日もまた

患者さん達が

古びたエレベーターにコトコト揺られながら、

小さな治療所のドアをたたいてくれる。

 

 

<後記>

後日この患者さんは、こう言ってました。

「本当は私、薬をやめたかったんだって、やめてみて気がついたんです。実はすごくすごくやめたかった・・」と。

自分の本心って、通りすぎてはじめて確認できることもあるのだと思います。特に病気に関しては不安がつきものだから、防衛も強く、あきらめも大きい。だから乗り越えられてはじめて、自分の願いに気づくことも多いかと。

 

今回の流れも、根底に彼女の潜在的な願いがあってこそ。

その願いを浮き彫りにする形に、場の力学が働いたように思えます。

 

誰の意図も介さず、自ずと起こるべきことが起こる。

私の治療所がますますこんな場となりますように!

 

 

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治療所にて撮影

(なおこの記事は、やみくもに断薬を勧めることを意図したものでもありません。また文中に登場する患者さん達の了承を得て掲載。)

部分な私 その1(ちっぽけ編)

あれは、カウンセリングの帰り道でのでき事だった。

その当時の私は、エネルギーワークを学ぶ学校に通っていて、そこの規定もあり月に2回はカウンセリングに通っていた。

その帰り道を歩く私に、ふいに襲ってきた強烈な感覚。

「私は、自分をはみだすことできない」。

 

家族や友人、異性や上司といった様々な人間関係で悩んだり、怒ったり、悲しんだりする度に、いつも同じところにたどりつく。

 

なぜ、父(母)はあんな事を言ったのか。

傷つかないフリをして、どれほど自分を守ってきたのか。

そしてどれだけ自分で世界を歪めてきたのか。

 

なぜ彼(彼女)は、そんな事をするのか。

なぜそのように私は感じるのか、思うのか。

どうして私は、そこに反応するのか。

そして世界は、なぜこんな風にしか進んでいかないのか。

 

あげく、突然私に舞い降りた言葉。

「あなたは何をどうやっても自分をはみだすことができない」と。

 

もし私が自分をはみだして、すっぽり別の人の身体の中に入り、

彼(彼女)の感覚器(目、鼻、耳、口、皮膚、頭など)を使って世界をみてみたら、

その世界はピタリと整合性がとれているのだろう。

 

そしてそこには、私が見たことも感じたこともないような、

自分がみているのとは全く異なる世界がひろがっているに違いない。

たぶん見ている色さえ違う。

聞こえる音すら変わる。

きっと世界は全然違う。

 

そう、私は自分の世界しか感じることができない、限られた「部分」なのだ。

 

 

東洋医学には、部分から全体をとらえる見方がある。

足裏には身体のすべてが集約されている。

耳は胎児が母体にいる時の形をしていて、身体のあらゆる器官に対応している。

舌の部位や状態によって、内臓の状況が読みとれる。

目や爪を観察すれば、肝臓のありようが見える。

お腹の特定の部位は、各臓器を映しだす。

脈をとってみると、五臓六腑の状況がわかる。

人体は小宇宙であり、宇宙と一体である。。など、など。

 

部分は全体の縮図となり、時に層となる。

全体は部分に凝縮される。さらに部分へ、部分へと層をなす。

まるでマトリューシュカ人形のように。

 

<例:たとえば、人間の身体を役割別に3つに分けてみます。頭・躯体・四肢に分類できるかと。さらに頭部を3つ(額・目鼻・顎)に、躯体も3つ(中医においては、[上焦]じょうしょうといい「心と肺」・[中焦]ちゅうしょうといい「脾と胃」・[下焦]げしょうといい「腎・膀胱・大腸・小腸」)に分けられます。下肢(脚)も大腿・下腿・足と3つに分類できます。手はそれ自体で身体全体の縮図となっていますが、上肢(腕)全体に視点を移して3つに分類すると上腕・前腕・手となり、手はひとつの部分にすぎません。つまり特定の部位は、視点を変えることにより、全体をしめす縮図にも、より大きな部位における部分にもなるのです。>

  

<注:西洋医学と東洋医学の比較において、西洋医学は分析的であるのに対し、東洋医学は全体的であるといいます。西洋医学においては、病因を細部(細胞や遺伝子など)に求めて分析し、画像や数値といったデータに変換します。一方東洋医学では、身体全体の流れとして病因をとらえ、全体から部分(患部)をみます。さらに、上記のような部分から全体をみるといったベクトルもあり、この双極を重ねてみるのが東洋医学の特徴といえるでしょう。東洋医学が全体的であるという意味は、この2つの方向性を同時にあわせもっていて、層をなす身体に視点を変えてむきあうという意味です。ぼんやりボヤボヤ大雑把というわけではありません。>

 

部分と全体の相関性に疑いはない。 

しかし、部分には限界がある。

 

部分は全体を把握できない。

 

はみだす術のない私は、私をとりまく世界のすべてをみることはできない。

自分の背中を見ることができないように。

自分自身とは、鏡をとおしてしか対面できないように。

占い師が自分の未来だけは占えないように。

 

どれほど自我をクリアにできたとしても、俯瞰(ふかん)という視座に終わりはない。

 

そして私の細胞が、組織が、耳が、足裏が、臓器が、

私の身体の部分のように、

それらの総体としての私という個人もまた、

まぎれもなく、この世界のとるに足らない大きさの、

それでも確固たる一部分に違いない。

 

窓辺におかれた植物が、

こぞって太陽の光の方向に枝を伸ばし葉を広げるように、

それぞれが自分の信じる光の方へと伸びている。

 

その個々人の力のすべてを内包して、

総体としての全体はどこかに向かうのだ。

家庭が、会社が、社会が、そして世界がどこかへと。

 

人間の未知である能力が次々と開発されて、より万能感を感じる未来がくるのかもしれない。

そのことに期待もする一方で、

自分は全体を理解できないのだと思いしる時、

万能感は影をひそめ、ちっぽけな自分に安堵する。 

 

「自分をはみ出すことできない」と、強烈な示唆を受けた時から、

私はちょっと楽になった。自分の失敗を責め続けることが少し減った。

 

だって、私は部分だもの。

あれ以上はできなかったのよ。

 

そして自分を責めることが少し減ったら、他人を責めることも少し減った。

 

だって、彼(彼女)も部分だもの。

しかも私とは違う部分だもの。

きっとすべては総和で動いていくんだから、それでいいじゃない。

 

人間関係でへこんだ時は、自分は部分にすぎないのだと思いだしたい。

ジャッジ(誰かを裁いたり、正誤をつけること)をしないとか、

多様性を認めるとか、

本当の意味で、

自分にはどうにも超えることができないと思っていた壁が低くなるような、

そんな小気味よさがある。

 

 

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クロアチア、ドブロクニクの道端にて撮影

 

恩寵 その1(モーレア島編)

太平洋に浮かぶ島、タヒチ。そこから30分ほどフェリーに乗ると、モーレア島という島に着く。当時私は、95日間世界一周の船(ピースボート)に乗り、治療クルーとして働いていた。

 

船で不調な方を治療するのが仕事なのだが、たぶん私が誰よりも船酔いをしていて、いつもフラフラしていた。ずっと船で揺れているせいで、寄港地について陸地を歩いても、今度は陸酔い(オカヨイ。揺れていないのに揺れている感じ)に見舞われる。この際だ!と思って、それほど好きでもないお酒も飲んでみて、酔いの2乗でシラフにならないかと何度も試しているうちに、世界のビールやカクテルの種類をいつのまにか覚えてしまった。そして更にフラフラしていた。

 

こうしてフラフラの私は、ただただ揺れない大地での睡眠を夢見て、誘われるままに、このモーレア島にたどり着いたのだ。

 

島に着くと、仲間の外国語の先生達(欧米人)7、8名が、コンガやジャンベをはじめ、なにやら身体で抱えるほどの大きな太鼓を持って、ジリジリと音が聞こえそうな炎天下の中を鼻歌まじりに歩いていった。ひどく暑そうだった。

 

そんな彼らを眺めつつ、私はリュックひとつを軽々と背負い、木陰のバス停で涼しげにバスを待つ。しかしバスは全く来ない。40分待っても。誰かに聞きたくても人もいない。私達が予約したコテージはどこなのかと思い、住所が書かれた小さな紙のきれはしを探した。そこには、通り過ぎていった先生達の誰かが書いてくれたアルファベットの住所らしき文字が書かれていた。しかし。。その文字は全く解読不能だったのだ!

 

このままバスも来ず、日が暮れたらどうするのだ?異国の地での不安は、一気に膨れあがり底なしとなる。祈るような気持ちで待っていると、やっとバスが来た。なんでも島を1周するという。拉致のあかないこの場所を離れるために、とにかくバスに乗り込んだ。

 

バスの窓から汗だくで太鼓を抱えつつも、楽しげに歩く欧米人の先生達の、かげろうに揺れる後ろ姿を見つけた時は、心底ホッとした。そこでバスを降ろしてもらい、彼らの後を歩くことにした。

 

やっとたどり着いたそのコテージは、コンクリートでできた8畳1間位の質素な平屋だった。回りに商店はほとんど見あたらず、たった一軒ある小さな店は閉まっていた。道には裸電球が2個ぶら下がっていたが、ひとつは割れており、もうひとつだけが心もとなげにうっすら灯っていた。まだ夜の6時というのに、あたりはほとんど真っ暗だった。

 

何もすることがない。

うす暗い部屋の中でリュックをおろしながら、私はそう思った。一緒に部屋をシェアする友人達も「もう寝るしかないね」と言った。

 

横になっても時間が早すぎて、オナカもすいていて、全然眠れない。

 

それでもジッと辛抱していたら、どこかから太鼓の音が聞こえはじめた。

ひとつのリズムに更なるリズムが加わって、次々に響きわたる様々な音。

そのリズムに更に加わる声。

 

彼らだ。

私達は飛び起きて、野外へくり出した。

真っ暗で足下すらもまったく見えない。

少しずつ、少しずつ、手探り足探りで、音だけをたよりに歩いた。

10メートル位歩いただろうか。平地はとぎれ、どうやら段差がある。その段差の淵に腰をかけて、おそるおそる足をのばす。そっと地面についた足裏からは、暖かくサラサラとした砂の感触が伝わってきた。

そこは砂浜だった。

真っ暗ではあったが、海の匂いと優しい水の音がした。

そして少し遠くの砂浜に、小さな炎を灯しながら太鼓を叩き、歌いながら踊る彼らがいた。

 

私は砂浜に大の字に身体を横たえ、目を閉じて太鼓のリズムと声を聞いていた。

真っ暗な中に響き渡る音、歓声や拍手。

闇の中で聞く音は、音の持つ迫力をさらに際立たせる。

身体の細胞のすみずみにまで届く響き。

 

彼らはこのために、わざわざ重い太鼓を運んでいたのだ。

楽しむために惜しみなく注がれるエネルギー。

ただ楽しむためだけに。

私はといえば、楽な方ばかりを選ぶクセがついていて、喜びが少ないことにもマヒしていた。

太鼓の音は、私にすっかり忘れてしまっていた感覚を思いおこさせた。

そして、とめどなく湧きあがる感情。

 

どの位たったのだろうかと我にかえって、目をあけてみる。 

そこにあったのは、深い闇夜の天空。

その天空をバックに無尽の星たちが大小の光を放つ。

そしてどんどん見える星の数が増え続ける。

真っ暗だと思っていたことが不思議に思えてきた。 

こんなにも明るい空だったとは。

ちりばめられた無数の星が、毛布のように私を包んでくれる感じがした。

ベルベットの生地のような、奥行きのある深いブラックの優しさ。

その深い闇が際立たせる光の世界。

 

それは、

闇と光が織りなす、

この世をあまねく包み込む、

途方もなく壮大な大伽藍だった。

 

そう感じた時、すべてが振動し、回りはじめた。 

私の身体の細胞が。

あふれでる感情も。

そして大伽藍の天空までもが泰然と回る。

 

回りながら堕ちていく自分。 

死とは、こんな感じ。

深い安心の中で、大いなる世界へと還っていく。

 

私を含むすべての世界が回りはじめるのと同時に、

直線的時間はとまった。

 

大伽藍は、時(トキ)すらもその中に折り込んでしまい、今(イマ)だけを生む。

 

同じ空間でありながら、昼間とは全く違う世界に私はいた。 

こんな近くに、これほどの世界がある感動に酔いつづけた。

  

夜明けとともに、

太陽がのぼりはじめる。

目を閉じていても光を感じる。

身体の細胞も明るさを感じる。

 

そして目をあけてみると、

そこは楽園だった。 

 

f:id:garaando:20170517234606j:plain早朝のモーレア島にて撮影

 

<後記>

この後、気がついてみると私の身体の不調(腰痛、腕の痛み、フラツキなど)は、すっかり治っていました。

生まれ変わったかのような身体と心。

 

これまで何か病気になると、自分の中の自然治癒力を発揮しようと思ってきたのです。しかし。。

自分の中にある何かをなんとか頑張って発動させるよりも、自分自身が大自然の部分(パーツ)になってみる。

すると大いなる源(ソース)の力が自分に流れはじめる。

このことを、この体験で実感しました。

 

癒える(be healed)の heal の語源は、ギリシャ語のholos(whole)に由来しているといいます。

つまり、癒えるとは全体になること。

そして持論ですが、その時の鍵は、感情(ハート)を開くことにあるのだと思っています(この事については、またいつか)。

 

大いなるものの慈愛の中に、

置き去りにした感情を感じながら、

時を忘れるほどに、

浸ってみる。

 

こんな体験を時々できたなら、

私は、

そして私をとりまく世界は、

もっと優しくなれるに違いありません。

 

バイオエナジェティクス(隣人編)

でっぷりと太った、それほど背が高くないその男性は、手に持った飛行機の座席番号の紙と機内の表示とを確かめつつ、ゆっくりと進んできた。

 

なんとなくの予感は的中した。

彼は私の前で立ちどまり、小声で「すみません」と言ったのだ。通路側に座っていた私は、たちあがって隣の席に彼を通す。窓際には小太りの男性がすでに座っており、真ん中のシートに彼。そして通路側に私だ。

 

よりによって真ん中とは・・。座るやいなや彼は、前席の背もたれについているテーブルをセットして、厚さゆうに7、8㎝はある分厚い本を開いて置き、そこに両手のひらを乗せている。どうやら本を読んではいない。

 

私は、彼のこの行動に面白さを感じた。彼の腕が隣人の領域にはみ出さないためにとっている策に思えたからだ。実際この行動により私のスペースへの侵入は、ギリギリのところで食い止められている。

 

離陸が近くなると、乗務員からテーブルを戻せとの注意がはいる。腕の置き場がなくなった彼は、腕を組んで(といっても腕が太くて組めない模様。右手の平で左の肘を、左手の平で右の肘をグッと持って)対処した。

 

飛行機が離陸し安定飛行に入るやいなや、彼はまたテーブルをセットし分厚い本を広げ両手を本の上にのせた。彼の両肩はアゴのあたりまであがっており、肩関節は内側にはいって肘は伸びている。腕全体に力が入っていて固まっているように感じられた。

 

さて私はというと、一連の彼の行動が気になって気楽な時間を楽しめない。せっかく一人での移動を楽しみにしていたはずが・・。

誰に気を使うこともなく、音楽を聞くも、本を読むも、景色を見るも、眠るのも良し!そうやって無為にすごしたり、ボンヤリできる気ままな一人旅が好きなのに。

 

小学校の頃、学校から帰った私は、歩いて5分位の所にある公園へ毎日のように行った。

鉄棒にカーディガンを巻いて、片膝を鉄棒にかけ、その膝を抱えるように両腕を鉄棒にくぐらせ、膝小僧の所で左右の指を組み、そこを支点にして身体全体で回転する。さらには両膝を抱えこんで回る。

とにかく回った。

まるで永久運動がこの世にあるのかどうかを確かめるかのように。

100回、200回、・・500回・・と。

 

薄れゆく意識の中でボンヤリするのが好きだった。

世界と自分が一体になる感じがした。

欲しい洋服といえば、鉄棒に巻ける厚手のもの。

 

膝裏と両肘の内側にできる内出血の大小の赤い点々が、自分の勲章のように誇らしく思っていたあの頃の話だ。

そして私は小学校高学年で心臓肥大となり、何度も病院へいくことになったのだった。

 

そうだ。

あの頃から、自分が置かれている現実から遠ざかり、ボンヤリと無為に過ごす時間が私には必要だったのだと、飛行機の狭い座席の中でハタと気がついた。

 

さて問題は今だ。

この逃れられない状況の中でどうしたらのいいのだろうか。

「置かれた場所で咲きなさい」ー書店でみかけただけの本のタイトルがふと浮かび(中身を読まなくても全てを読んだ気持ちになれるこの本は、スゴイと思います。読まずにいうのも何ですが・・)、どうせなら現在の私の状況を楽しく調べてみようと心を決めた。

 

私が気楽に楽しめない理由はこうだ。

私のスペースは目に見えては保たれているものの、明らかに彼のエネルギーフィールド(オーラ、あるいは彼をとりまく「気」)が私のそれとかぶさっており、しかも窓際の彼も小太りなので、自分の右側が彼らのエネルギーで、ひどく押されている。

自分の中心軸をみてみると、正中線からはっきりと左にずれていて、身体右半分の流れが悪く、すっかり固まってしまっているのだ。

乗馬をする人や道具を使うスポーツ選手とか、楽器を演奏する音楽家達は、その目的にあわせて、自分を含む全体としての中心軸を作りなおすという。

私もちょっと試してみようかと思ったが、見ずしらずの隣人を含めて自分の軸をとるのは、あまりに変だ!いい加減にしなさい、自分!とカツも飛ぶ。

 

たぶん隣の彼は充分に気をつかってくれている。しかし気をつかわれればつかわれるほど、そのエネルギーは伝播して私も固まる。

そうなのだ。「気」は天地万物の感応を媒介するという性質があるのだから、否が応でも伝染してしまう。

 

そしてそのうちに彼は寝た。肩をあげたまま、腕を硬直させたままで・・。

 

少しホッとした私は、この心優しき隣人を、バイオエナジェティクスという方法論(ウィリアム・ライヒの流れをくむアレキサンダー・ローエンが確立した心身相関のセラピーの手法)を使って、観察してみた(本当に余計なことです。名も知らぬ彼よ、お許しください)。

 

バイオエナジェティクスによると、彼はマゾキスト(俗にいわれる「マゾ」とは意味が異なり、性格構造を示す5つの分類のうちのひとつの呼び名)という型に分類される。

 

せっかく?なので、説明を少し。

 

マゾキストの身体的特徴は、背は比較的低く、分厚い筋肉で覆われた、でっぷりした身体だ。

 

生命エネルギーは、充分に充電されているものの、抑制がきつく発散や解放ができずに停滞し内向している。

 

身体の動きも制限され、自分を広げたり、伸ばすことが難しく、手を差しのべるといった行動もスムーズにできない。そのため、より一層身体がしまって短小・硬直化に向かう。

 

またエネルギー的な防衛として、さらに身体に肉をつけて自己を守る。

 

心理的には、厳しい抑制のため自己主張が制限される。その代わりに泣き言や不平が多く、攻撃性は奥へ奥へと追いやられる。時に暴力的、爆発的な攻撃性をもつこともある。

 

原因としては、支配的で犠牲的な母親と受動的で服従的な父親の家庭で育つとされる。

 

子供は窒息し、自由な表現が許されない。

 

このタイプが統合されるには、抑圧された感情の解放が必要。

(参照:「バイオエナジェティクス」 アレキサンダー・ローエン著)

 

ざっくりマゾキストの身体的特徴からエネルギーの使い方などをひも解くと、こんな感じだ。

 

もし彼が私にそれほど気遣うことなく、私のスペースへとはみ出るほどに肩を落として、腕を緩めることができたなら、きっと彼はもっと生きやすいに違いない。

彼の優しさに感謝しつつも、そう思ってしまった。

 

そしていつしか私も眠りに落ちた。

 

やっと飛行機は目的地に到着。私は立ち上がり、頭上に納めたキャリーケースをおろそうとすると、件の彼が手をのばし、床におろしてくれた。手はのびる。

 

彼はきっと統合されたマゾキストタイプの、心優しき人に違いない。

 

キャリーケースを引きながら、早足で出口へ向かう。

 

結局、昔を回想しながら、ボンヤリすごすことができたのだと思った。

 

やはり、ひとり旅は悪くない。

 

アーキタイプとして観察させていただいた隣人に感謝をこめて)

 

注:バイオエナジェティクスによる性格構造の分類は、分析して判断するためのものではなく、身体と心の関係を知り、よりよい統合の手段をみつけるためのメソッドである。

 

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キューバハバナのパン屋さんにて撮影)

 

 

記憶(酵素編)

巷で話題の酵素作りに、昨年からどっぷりとハマってしまった。何十種類もの果物や野菜、ハーブを白砂糖につけこみ、朝晩2回、自分の手でソッと混ぜる。私オリジナルの常在菌を含み、柔らかく湿った砂糖漬けの果物と野菜たちは、ほどよい温度で発酵しはじめ、3日〜1週間くらいでポツポツと小さな泡を放つ。上白糖は、そのツンとくる尖った甘さからまろやかな味へと変わりつづけ、ついにはトロミのある濃厚な液体となる。

 

砂糖が溶けてできた液体の中に浮かぶ、3センチ角の大きさの青パパイヤとパイナップル、リンゴやオレンジ、パプリカや薬効あるハーブ、キャベツやカボチャといった色鮮やかな個体たち。そこからは息をしているかのように大小の泡がいっぱい放たれている。この個体と液体とがまざりあった全てを網やザルで濾して、はれて液体のみの上質酵素が産声をあげるのだ。

 

この濾過する作業は、真夜中に、しめやかに、儀式めいて行われることが多い。無心になれるからだ(こういうの、私の趣味です。仰々しくてごめんなさい)。先日も、この作業をしていてふと思った。

 

はたしてこの濾過する網は、何と何を分けているのか。

果物・野菜などの個体と酵素となるべき液体、どっちが本体なのだろう。

さらに、ぬか床にも想像がおよぶ。ぬか床とぬか漬け、どっちが大事なの?

 

さて、私は仕事柄、患者さんの人生の総括や断片を聞かせていただく貴重な機会に恵まれている。

恋愛や結婚、出産、そして仕事の成功などの喜びあふれる思い出。また離婚や別離、事故、仕事の失敗や借金、そして愛する者の病気や死といった悲しく、辛い出来事。

子育てが終わった時、退職された時、病気になった時、そして死が近づく時など、「私の人生は何だったのか?」とつぶやく方も少なくない。たとえそれが、他人の目には順風満帆で恵まれた人生のように映っていたとしても。

こうして振り返りつつ、大きな節目での出来事で語られる過去。

  

もしこれを文字で綴ったのならば、たったの2、3行で書きつくされてしまうかもしれない。それぞれの方の生の重さに比して、あまりに簡単すぎるような割り切れなさが、時々私に残る。

(自分の人生を振り返ってみると、私も感情の振れ幅が大きかった出来事が、真っ先に思い出されます。しかし節目を彩るトピックはあまりないことに、今ここで気づきました。な、なんということでしょう。。あまりに簡単すぎるというのは、自分のこと?だったのでしょうか?)

 

印象的な出来事で語られる過去。

過去の鮮明な記憶。

 

これに対して、記憶には残らない、それ以外の無尽にあるであろう日常の小さな小さな出来事は、いったいどこにいってしまったのだろう。

 

時間枠にとらわれない、ささいで、とるにたらない事象。

時間枠をすりぬけてしまった、記憶にすらのぼらない、忘却の彼方へと流れでた膨大な事柄たち。

 

酵素を濾過する網は、人の記憶と忘却の境目なのかもしれない。

記憶とは、この網の上に残った果物や野菜たち。

時間という網の上に引っかかってしまった出来事たち。

未だに記憶という制限に囚われて、時間枠から自由になれない様々な事柄。

 

人生の本体は、実は記憶ではない、この忘却の彼方の方にある。

 

忘却の彼方・・・。

たぶんそれは、

朝露に濡れた草が、朝日を浴びて一層の輝きをます、眩いばかりの緑色だったり。

激しく降り続ける雨が、屋根からつたって地面を叩きつける音だったり。

真冬の晴れた朝に吐く息が白くなる、そんなピリリとした寒さだったり。

異国の大聖堂の中で味わう、自分がひろがるような空気感だったり。

 

あるいは、

通りすぎていった幾千、幾万もの風景。

もわっと拡がった排ガスの、息がつまるような臭い。

かすかにそよいだ風。

ただうるさいだけの、あるいはうるさいとも感じないほど当たり前の、猥雑な街の喧噪。

 

そしてまたあるいは、

意味すら、感覚すら見いだせぬ

単なる心臓の律動。

私の中で起こった小さな振動、微震。

生物としてのかすかな蠢き、揺らぎ。

 

忘却の彼方へと流れた膨大な事柄の中に、私の人生の本体がある。

 

その昔、このことを教えてくれた私の師は、こう言った。

「荷造りをする時、送るべきいくつかの品物ではなく、その間につめるプチプチやらクシャクシャと丸めた新聞紙こそが、あなたの人生なのだ」と。

 

間(マ)をツメるモノ、それこそが本体なのだ。

ツメモノこそ、我が人生。

 

そう思って、できあがったばかりの酵素を飲んでみる。

果物や野菜のエキスがぎっしりつまったツメモノの酵素

その酵素の生きたエネルギーが、私を成り立たせている身体というツメモノの中に、いつにも増して一層しみこんでいく感じがした。

 

<後記>

これを書いていたら、忘れていた昔の記憶が、ぼんやり蘇りました。

とても面白かったはずの本(なんと内容はすっかり忘れてしまった!)のことを。やっと思い出した、その表題は「日々の泡」(ボリス・ビィアン)。

 

 

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酵素材料の一部を撮影)

 

 

 

 

 

 

 

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信を築く (ノーシャンプー編)

「私ね、ノーシャンプーにしたの!」と、経皮毒(皮膚から浸透し体内に蓄積され、人体に悪影響を与える化学物質等の総称)に詳しいオシャレな友人が、サッラサラでツヤッツヤの髪をかきあげながら私に言った。なんでも15分以上、頭皮をよくよくマッサージしながら、お湯で毛根の油を流しつづけて頭を洗うのだという。もちろんシャンプーもリンスもなし。

 

私の腕と手は、治療家という仕事柄、慢性的に使い過ぎだ。手の疲れをとることを何よりも心がけているのに、その夜の私は違った。お風呂に入ると、私の持てる技術を総動員して、頭皮を15分以上マッサージしながら、教えられたとおりに頭を洗いつづけた。そしてその後湯船につかる。ふうぅ。。いつにも増してグッタリしながらボンヤリ思う。何をしているのだ、この自分。はたして私にノーシャンプーを継続できる体力はあるのだろうか。ヘアマニュキアはどんどんはがれ落ちるに違いない。不経済ではないか!と、やらないですむ理由がふっと浮かぶ。

 

しかし。。たかがシャンプーだが、実は大問題なのだ。最近は、産まれてくる赤ちゃんがシャンプーやリンスの匂いがするほど、羊水まで化学物質にまみれているという説もあるのだから。そして実際、頭皮の痒みや身体の湿疹、皮膚炎に悩む患者さんがかなり多く、シャンプーやリンスを変えて症状がなくなったり、軽減するケースもある。重曹と塩をまぜた粉をシャンプーがわりに使うのがちょっと前までのオススメだったのに、とうとうノーシャンプーときたか!「押してもダメなら引いてみな」、世渡り上手の極意を示すフレーズがこだました。

 

私は、治療家になって以来、食品はもとより化粧品、歯磨き粉や入浴剤などの日用品から寝具に至るまで、評判のいい情報が入れば試さずにいられなくなってしまった。そして、たまに患者さんにも無理強い?をして試してもらったりして、どこに発表する訳でもないデータをコソッと集めたりしているのだ。自分でもアキレマス。。。(たぶん渋々こんな私につきあってくださっている患者さん達も多いかと思いますので、この場をかりてお詫びします。ゆるしてください。)

 

それにしても巷には、健康法や美容グッズや若返り法の情報が驚くほど氾濫している。これほど健康やら美容やら、自分自身にベクトルを向ける社会は、はたして幸せなのだろうかとも時々考えてしまうが、環境も環境だ。放射能も花粉もPM2.5も、そして黄砂とやらも、容赦はしない。

 

ガンなどの病気についての治療法も、病院の3大療法(オペ、抗がん剤、重量子線やトモセラピーなど多種の放射線)の他に、高濃度ビタミン点滴療法、ビタミン・ケトン療法、オゾン療法、ハスミワクチンやHITV療法などの免疫療法、ホルミシス療法、鍼灸治療、サイモントン療法に代表されるイメージ療法、温熱療法やビワの葉療法、フラワーエッセンス療法、ジェムエリクサー療法、ホメオパシー飲尿療法、呼吸法、瞑想、気功、HSP(ヒートショックプロテイン)入浴法、爪もみ療法などと実に多岐にわたる。

 

またガンに効果があったとされるサプリや食品としては、プロポリス、人参リンゴジュースなどの酵素、EM菌や万能酵母菌、アガリスクメシマコブなどの菌類、ミネラル、有機ゲルマニウム漢方薬ゲルソン療法でオススメの野菜や玄米。なかでも玄米は長岡式の酵素玄米(最近は、断糖の食事が大事だとささやかれだして、米は食べない方がいいとの説も強力!)。そしてこれに水素水が加わった。

 

しかもだ。プロポリスがいいといっても、普通のじゃだめなの。あそこで売っているアレ!ポーレンという花粉がいいらしいけど、その中でもコレよコレ!サルノコシカケもね、◯◯年に◯◯省でとれたサルノコシカケ!そしてそれはどれもこれもお値段もトビキリ!といった具合に、一筋縄ではいかない。

 

この上さらに、デトックス不食ブームも後押ししてか、断食療法も勧められる。まずは宿便も出して、身体をきれいにしなくては。

 

病院からは3大療法を勧められ、その一方で「ガンは何も治療するな」と言われだし、とうとう「放置療法」と呼ばれるメソッドにまでなってきた。病院の治療か、自然療法かどっちを選ぶの?または、両者のいいとこ取りで?と迫られるのだ。

 

このほとんど沈没が確実と思われる情報の海の中で、さて私は、そしてあなたは、どうするだろう?

 

治療法に関しては、これはよくて、あれはダメという、◯かXかといった一般論には無理があると思っている。それほどに個々人は違う。生来、楽観的か悲観的かといった性格に加え、体力、薬物に対する受容・許容能力、サプリメントや栄養素などの消化能力、そしてメンタルの強さや既成の概念に対する自立度や依存度がまるで違うのだ。また、そもそも◯が良くてXが本当に悪いのかといった根源的な問いもある(つまり、Xだって結果がよければいいじゃないの。タレシリタモウ、その是非を)。

 

抗がん剤については、そこから負のループに入ったと思われるずいぶんと辛い思い出が私にもいくつもある。しかし抗がん剤を使ってオペができるようになり、緩解していった事例もあるのだ。抗がん剤を肯定はできかねるが、全否定もできない。

 

また抗がん剤に限らず、薬について考えてみる。

ひとつの病気にはいろいろな次元が同時に存在するように思う。

肉体が表現している「症状」の裏には、魂が表現したい何かがある。

たとえそれが、ほんの小さな症状であったとしても。

薬は、「魂が表現したい何か」を一旦棚上げする力を持つ。そしてそれが必要な時も場合もあるのだと思う。また病状によっては、薬がないと生命の維持が難しい場合もある。薬についても、とても一般論では語れない。

ただ、もしできるなら、身体の可逆性がなくならないうちに、習慣となっている薬の使用は避けてほしい。薬に変わる方法や改善策に切り替えていけないだろうかといつも考える。

 

また患者さんの病が良くなっていると私が確信しても、なかなか検査データに上ってこないことが何度もある。そしてその度に私は患者さんに、「良くなっています!数値は後からついてくるはず!」とドキドキしながら、詐欺師のようにいい続けなければならない。つまりデータに出るまでにタイムラグがあることが多い。そしてデータがグンと良くなったトタンに、ストレスが消えて更にどんどん良くなるのだ。データの持つ力もすごいと思うと同時に、それ以上にストレスが治癒を阻む力もすごい

また薬にもこういった心理面を支える効果がある。薬を飲んでいるという安心感(多くの患者さんを通して、やっとこの事実に気がつきました・・)。多くの人達の客観的データや薬に対する信頼は、(断薬をのぞむ人が増える一方で)依然かなり大きいと言わざるをえない。そして事実、私も検査結果が良くなるとホッと胸をなでおろす。全面的な現代医療や薬の信奉者ではない私が、この矛盾とどうつきあって折り合いをつけていくかが自分の課題なのだ。簡単には答えが出ない。

 

 

ならばせめて、病気になって治療法を選ぶ時に、役立つことは何かと考える。

 

それは、病気と診断が下る前から、つまり日頃から自分にあったやり方を模索し、自分の身体の感覚を開き、その上に「信」を築くこと。

 

「信」を築くという術(すべ)を磨くのだ。

たおやかでありながら、一条の光が天までつながるような「信」を築くために。

 

私の今までの経験で、奇跡的(本当に奇跡なの?)な生還をとげた患者さん達に共通していたのは、「これで変わった」「どうもこれが特にいい」と何かはっきりした分岐点があった。それは種類は違えど、その治療法への信頼を獲得し、治っていく希望を見つけた瞬間だ。そしてそれは、心と身体がつながった瞬間だと感じた。

 

また、それは体感でなくてもいいのかもしれない。窮地に陥ったときに救われた誰かの言葉かもしれない。「その時に、ぱぁーと腑に落ちて、それから自分は救われた」と振り返る方もいた。そして確かにそこから流れが変わった。

 

さらにビワの葉療法で愛犬の腫瘍が消えたという体験から、ご自身の腫瘍も治した方もいた。この場合は、体験が確信になったのだ。

  

反対に治療による負のループに入っているのに、そこから出られない場合がある。そしてやみくもにサプリやら治療法の数が増える。どんな感じですか?と聞いても、わからないと言う。いろいろやっているから、何がいいかわからないとも。半信半疑な治療法をとりあえずやってみる。そして確信のないまま続ける。確信がないから不安になって身体の回復を信じて「待つ」ことができない。さらに評判になっているサプリが増える。そして、これがなんとなく予後が悪い。オーバードーゼ(刺激過多)の療法は、弱った身体をこじらせるのだ(このような場合は、自然の中で過ごしてリセットされたケースもあり)。

 

形だけの、こなすだけの自然療法には、エネルギーが強くは反応しない。

 

イノチの根源とつながるチャネルは、自分自身の心と共振するものの先にあるように思えてならない。 

頭の理解ではなく、身体の感覚を開き、磨く。

そして、さらに心を開くのだ。

 

これは、どんな治療家にも、治方法にも、薬でもできない。

そう、本人にしかできない。

 

私は、今までもそしてこれからも、私自身の「信」を築く練習をしていくのだろう。

どんな感じがするのか、どんな変化があるのか、その些細な変化を追うために、きっと明日もグッタリしながらノーシャンプーを試すに違いない。

 

ありがたいことに、「信」を築く術を磨く材料は、そこかしこにあふれている。

 

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       (キューバ、トリニダーの街角にて撮影)

    (この記事は現在係わりある患者さん達の承諾を得て掲載)