スカッとさわやかコカ・コーラ。このキャッチフレーズを覚えていらっしゃる方も多いのではないかと思う。さて、この愛されて100年以上の歴史を誇るコカ・コーラだが、このコカとはコカイン由来だということをご存知だろうか。常習性のあるコカインが使われていたのが昔の話だとしても、今も砂糖がふんだんに使われているという点でコーラの持つ中毒性には変わりがない。なぜ身体に悪いとされるものは、ときに美味しく感じられて魅力があるのだろう。身体によい食べ物や正統な健康法はどこか嫌厭されて、しらずしらずに人はイケナイことになびいてしまう。東洋医学がなかなか市民権を持てないことの理由として、私は時々このことについて考えてきた。この世は、まっこと禁断の魅力に満ちている。タバコ、お酒、激辛、砂糖、クスリ、レトルト食品・・。
エネルギー的な視点でながめてみると、生命体はエントロピー増大の法則に支配されているという。これは、生命体のみならず生活や経済といった営みをもふくむ万物に関わる法則で、「秩序あるものは、ほおっておくと無秩序で複雑な方向へと必ずむかう」というもの。つまり整頓された部屋は必ず散らかるし、覆水は盆にかえらない。そして生命体は、生まれおちてから必ず死へと向かうのだ。このように考えてみると、私たちの身体が秩序を壊していく方向に向かうのは自然のことのように思えてくる。この破壊(クラッシュ)は、再生(ビルド)のいしずえとなり、クラッシュ&ビルドを繰り返しては細胞は新陳代謝をとげている。このウネリを重ねつつも大きな流れではクラッシュへと進み、さらにもっと大きな視点でみるなら、これもまたビルドへの始まりとなる。小さな波がある方向へと切れ目なくつづき、極まってそのベクトルは反転し、いくえにも重なりあう世界に影響を与えつづけるという陰陽の世界だ。
日々の生活の中でも、この小さなクラッシュへと向かう商品は市場へ出回っている。そしてクラッシュへと導くものが商品化されると、ビルド関連の商品よりもずっと速くチマタにあふれる感じがする。レンチン食材があっという間に世に広がったのに対し、5本指ソックスが市民権を得るまでには少なくとも15年はかかったように思うのだ。
今回は、この酷暑の夏に流行っているクラッシュへと導く商品、クールネックリングをとりあげて考えてみたい。
この夏のはじめに、行きかう人を見ていたら気づいてしまった。犬の首輪みたいなものを、あの人もこの人もつけている。調べてみるとクールネックリングというもの。溶けない氷(スマートアイス:融点が高く27℃〜28℃)を使っているので、長時間にわたり冷感を得ることができ、小さなお子様からお年寄りまで使用できる熱中症対策グッズだそうだ。ここ数年はやっていた保冷剤を入れて冷やすアイスネックバンド(水に浸して軽く絞るタイプもある)の進化形ともいえる。
紫外線による顔のシミも気になるから日傘もいるし、顔にかく汗も不愉快なので小型扇風機も持たなければならない。すると両手が塞がってしまうではないか。そこでクールネックリングは便利なのかもしれない。しかし私は、厄介な年になるだろうと予測した。首を冷やすとロクなことがないからだ。
東洋医学では、首・手首・足首は絶対冷やしてはいけないとされている。されているというより、実際ダメだ。おやめください!
さすがに長年の私の患者さんたちはよくわかっていて、「みんな首輪みたいなものを巻いて歩いている。どうなのですか」とか「どうしてああいうワッカが流行るのでしょうね」と言う方たちが多い。しかし「ちょっと試してみたら頭痛になった」という方も。また「頭が重くて仕方ない」「手の痺れがひどい」とか「寝違えた」という患者さんたちもいる。それぞれの症状は首を冷やしたためと気づかないかもしれないが、原因は明らかだ。みんなアノ首輪を使っていたか、保冷剤で首を冷やして寝てみたという。
ではなぜ首を冷やすといけないのか。首は組織を守るべき脂肪が少ないのに、太い頸動脈が通っている。そのため首を冷やすと一気に冷えがまわる。頸椎と頚椎の間からは神経が出ていて両腕に枝分かれして伸びている。そのため首を冷やせば、そこに流れる血液や神経の働きが鈍くなり、円滑にエネルギーが回らなくなってしまう。
手首や足首と同様、頚椎を含む背骨は関節である。関節は筋肉の束である腱が付着している箇所であり、肉厚の筋肉で守られてもいない。つまりそもそも関節は外界の刺激を受けやすく動脈に与える影響が大きい場所となる。人体のすべての関節は、エネルギーが漏れやすい場所であると同時に冷えが入りやすい。冷え切った冷凍食品の売り場で、肘や膝が痛くなった経験のある方もいらっしゃるかと思う。
そういえば子供の頃、スキーに出かける時には必ず祖母が私の背中に乾いたタオルを入れてくれた。背骨を冷やしてはいけないと。運動をして汗をかいて背骨が冷えるのを防ぐためにタオルを入れたのだ。首から仙骨までの1本の背骨ラインは自律神経が通っている。ここを冷やしてしまうと身体全体の機能が狂いはじめる。また猛暑中で働く土方の人たちは、手拭いを首に巻いていた。汗で冷える首を守っていたのかもしれない。
熱中症にならないための、暑さ対策として首を冷やす商品、クールネックリングとやら。しかし考えてもみてほしい。そもそも熱中症の本体は、自律神経失調症なのだ。これは、身体にそなわっている自律神経がコントロールを失って暴走することだ。体温調節機能が乱れ、汗の調整が効かなくなり、吐き気や頭痛に苦しみ、不整脈や動悸が起こって、めまいに見舞われるというようなさまざまな症状がある。結果、深刻な内臓へのダメージがある場合まである。熱中症で亡くなる方は、自律神経失調症の重篤なケースといえる。だとしたら、自律神経の働きにダメージを与えるクールネックリングは、熱中症対策として適切なのだろうか。
暑いから冷やせばいいというほど、身体は単純ではない。氷入りの飲み物をのめばのむほど消化器が冷える。そして、その機能は低迷して食欲不振となり夏バテは悪化する。また冷えをキャッチした身体は体温をあげようするため、熱くなって汗が出る。その結果体内のミネラル分を放出してしまって消耗しやすい。逆に暖かい飲み物をとったら体温を下げようと身体は働くのだ。暑い時に温かい飲み物をとった方が身体が落ちつくのである。
スカッとさわやかとは程遠い、こんな暑い夏と出会ってしまったこの際だ。クーラーで冷えきった首をさらに冷やすのではなく、蒸しタオルで温めたなら、自分はどう感じるのか。そして冷たい飲み物のかわりに温かい飲み物にしたら、本当にふきだす汗がおさまってくるのだろうか。これらを試すのにも、もってこいの季節になった。
(後記)
時代はクラッシュへ向けて急速に舵を切った感じがあります。長びく戦争、社会でおこる凶悪な犯罪、見たこともないような山火事や豪雨といった大規模な自然災害、記録更新の猛暑・・。普段の私の生活においても、小さなクラッシュを見つけて修正していくなら、世の中で起こることの速度を遅らせることができるのでしょうか。それともクラッシュ極まり、ビルドへとベクトルの転換を待つのでしょうか。そんなことを考えながら、記事を書きました。とりあえず、自分の身体が痛いとか苦しいとかが嫌な方、首を冷やすのはやめてくださいね。
エジプト、カイロの街をのぞみつつラクダを撮影。ラクダは、脂肪でできたコブを背中に作って背骨をまもっている。残念ながらコブは見えません。
自律神経についてはこちらを参照