“ 伽藍堂 Garaando ”

〜 さかうしけいこ が語る東洋医学の世界 〜

東洋医学各論18  瘀血(オケツ)

 北国では、季節のうつりかわる様がはっきりと目にみえる。雪どけの季節になると、太陽の熱と地熱とが、すっぽりと街をつつんでいた固い雪をアッという間に溶かして、赤や青といったカラフルな色のトタン屋根やアスファルトの道が現れて、街の模様が一変してしまう。うず高く雪に覆われていた木々は、それでもなお、その小さな枝を天にむけて伸ばしていたのだ。終わることのない時の流れは天地を動かしつづけ、それにつれて風景もうつろいゆく。春のおとずれは、私たちが確実に巡りの中にいることを教えてくれる。家の外に出てみると、目にうつる雪の総量が日に日に小さくなっていくのだが、いつまでも雪が取りのこされている場所がある。そこは日陰だったり、道の端っこだったり、小道だったり、曲がり角だったり、くぼみだったり。自然がおりなす些細な加減によって、街のあちこちに見うけられる雪の残骸たち。風の流れにもさらされず太陽の熱にも見はなされ何かしら溜まっている、明らかにそんな場所に、それらはあった。

 

 今回は、人体において、このような流れが悪い場所、その場所にたまってしまった血液に焦点を当ててみたい。東洋医学では、この血液を瘀血(オケツ)という。

 

 瘀血とは、血液としての生理的な機能をうしない、局所に停滞していて行き場のない血液をいう(血管外に漏れでた血液をも含む)。流れが悪く、粘度が高い状態のドロドロの血でもある。

 

 西洋医学では、血栓ができるのを防ぐために血液をサラサラにする薬が使われている。これは、狭心症脳梗塞といった生命にかかわる病気の原因にもなるため、血圧や血液の状態には注意が払われているのだ。東洋医学では、血液には滋潤(滋養し、潤わせる)作用と栄養作用とがあるとされている。身体のすみずみまで酸素と栄養、さらに潤いを運ぶことによって身体に生命力がみなぎる。しかしドロドロの血である瘀血(オケツ)が全身にまわり停滞しはじめると、いろいろな組織や臓器に沈着する。こうして行き場を失った瘀血は、全身に影響を与える慢性疾患やさまざまな病気の引き金になるのである。

 たとえば血液の流れが悪くなっただけで、酸欠になって栄養も届かず、内臓や脳の働きも鈍る。潤いも少なくなって皮膚はツヤを失い、シミやアザができ、肩こりや関節炎もひきおこす。以下は、瘀血が一因となる疾病である。

・高血圧(ドロドロの血を流すため血圧が↑)、動脈硬化高脂血症

・肩こり、冷え性

・血管神経性の頭痛

・ねんざ、打撲などの外傷による内出血からの疼痛

アトピー性皮膚炎、慢性蕁麻疹、湿疹

・神経痛、関節炎(リウマチ)、関節痛(四十肩、五十肩など)、筋肉痛

・動脈炎、静脈瘤、血管炎

不妊症、生理痛(内膜症、チョコレート嚢腫など)

・腫瘍、前立腺肥大

・肝炎、肝硬変

・慢性腎炎、浮腫、ネフローゼ

・不眠、健忘症、認知症 などなど

 

 瘀血の治療方法のひとつに、吸い玉(カッピングとも拔缶:バッカンともいう)という民間療法がある。これは、陰圧にしたガラスのカップが皮膚を吸引する方法で、私の友人はオクトパス・アッタクと名づけた。その名のとおりタコの吸盤が吸いつくような肌感覚がある。瘀血が皮膚の表面に浮上してきて赤黒い痕ができる。こうして血液に動きを与え、再吸収されやすい状態となる。

 また臨床では関節痛や腰痛などで、鍼を抜いた後に赤黒い血がポトポトと出てくることがある。すると疼くような痛みがスッと取れることが多い。これは、瘀血が痛みの原因になっていたことを示す。(注:故意に血液を抜く瀉血:シャケツという手法は禁止されている)

 

 さてここで瘀血の自己診断法を紹介したい。当てはまることが多ければ瘀血度が高い。

<  舌 >舌の色が暗赤色で、紫色の斑点がある。裏側の静脈が黒紫色。

<  唇 >唇の色が紫っぽい箇所がある。黒紫の斑点もまばらにある。

<歯茎>歯茎の色が暗赤色。

<  顔 >顔色が黒ずんでいる。目にクマができる。シミ・ソバカスが多い。

<皮膚>ざらざらのサメ肌で硬い。潤いがない。下肢静脈瘤がある。アザができやすい。

<生理>経血が黒ずんでいる。塊が混じる。生理痛がある。

<筋肉>首、肩、背中などに凝りがある。

<痛み>関節痛(リューマチを含む)がある。手足がしびれる。頭痛がある。

<その他>内臓に腫瘍・ポリープがある。手足が冷える。物忘れが多い。

 

 では生活の中で瘀血を予防するにはどうしたらいいのだろう。

 まずは食事。肉食に偏った食生活で血管の老化が進むため、和食がオススメ。特にイワシやサバといった青魚や、血液をサラサラにする玉ねぎやニラなどの野菜などが良い。

 次に運動。筋肉を動かして新陳代謝をあげて、血行を促進し血液の流れを改善することが重要となる。それには無理のない範囲での散歩、ストレッチ、筋トレなどが良い。また自分で動くことが困難な場合は、指圧・マッサージなどもオススメ。

 忘れてならないのは、メンタル面。血流を良くするためには気の流れがスムーズであることが大事なので、過度の緊張状態はなるべく避けて、集中と解放のバランスがとれるように、生活面で工夫をする。

 最も簡単な手法は、なんといっても温めること。シャワーですまし、冷えたビールを飲むという生活スタイルは、見直しが必要である。ゆっくりお風呂に入る習慣をぜひともお勧めしたい。(なお体質によりさまざまな瘀血のタイプがある。これについては、またいつかの記事で!)

 

 私たちの体内には、春になってもなかなか溶けない雪の残骸のように、固まってしまって動くことさえままならない古い血の塊が、血管が細くなっていたり曲がりくねっている場所にあるのだ。あるいは血管の外に漏れだして、さまざまな器官を圧迫したりしながら行き場を失っている。

 我らの身体が大自然の巡りと呼応しながら、小川にサラサラと水が流れるような、そんな自然な形で体内に血液がまわっていたら、日常的に感じる不調は確実に減っていくだろう。

 

 ある日私は、なかなか溶けない雪の塊をスコップでほんのちょっとだけ砕いてみた。すると、その雪は数時間後には溶けてしまったのだ。何もしないでおいた雪は相変わらず、そこに居つづけたのに。ちょっとだけ手をかけることで、驚くほど速く雪は溶けていった。

 これを見て私は思った。真っ当な健康法というのは、大きな流れに乗るように細胞たちの背中をひと押しすることなのだと。薬剤や高圧の蒸気で雪を溶かしきるというのではなく、塊に少しだけ切れ目を入れておくというような感じの、ほんのひと押しでいいのだ。

 

(後記)

 日ごろ、患者さん達から血圧の薬を飲むべきかどうかといった相談をよく受けます。こう心配する一方で、数値が正常の範囲内になったならば、全面的に安心していらっしゃる方も多いです。薬だけで身体をコントロールし、数値だけを判断基準とするならば、生活の見直しや改善を通じて、自らの身体との親和性を高める機会も失っていくでしょう。

 血液にはどんな作用があって、血圧が高いとはどういうことなのか?血液がドロドロだと何が起こるのか?こういった問題意識が大事だと思います。また曲がりくねった血管という場所の条件によっても血栓ができやすくもなるし、血管外にあっても身体のさまざまな所にも実は血液の残骸はいます。こういった知識を合わせたうえで、検査結果の数値を参考にしてほしいです。

 自然の中には、私たちの身体と呼応する叡智がたくさんあります。それにちょっと気がつくと、おのずと自己の身体に対して行うべき方法が見えてくる気がします。今回の記事で、東洋医学でいう瘀血(オケツ)という概念を、少しでも理解していただけたら嬉しいです。

 

メキシコ、ユカタン半島にてセノーテを撮影。セノーテとは、古代マヤの言葉で聖なる泉を意味する。この地点から岸壁を越えて潜っていくと大きな地下洞窟がある。